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「主が求めておられる人になるとは」

- 2006年2月26日 -

水野 明廣 牧師

聖句:イザヤ66:1

  イザヤ66:1は非常に興味ある御言葉です。「‥‥わたしのいこいの場は、いったいどこにあるのか。」という主からの問いかけがあり、主は私たちの中にいこいの場を求めていらっしゃるということです。皆さんにはいこいの場というところはありますか?それがクリスチャンライフであると良いですね。イエス様は良い牧者です。私たちを緑の牧場に伏させ、いこいの水のほとりに伴われます。(詩篇23:1〜2)イエス様について行くといこいがあります。主はモーセに「わたし自身がいっしょに行って、あなたを休ませよう。」と言われました。(出エジプト記33:14)また、「すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。」(マタイ11:28)
 神様はこき使うために皆さんを救ったわけではないんです。もちろん豊かな実をならせるためですが、そのためにイエス様は私がぶどうの木であなたがたは枝ですとおっしゃいました。枝が頑張ってぶどうの実をならすのではないんです。枝はただ風に吹かれて幹からの栄養をもらうだけなんです。そんなさわやかなクリスチャン生活を送りたいですね。いこいや安らぎは私たちにとって生きていくために必要です。主は安息日をくださったんですが、イスラエルの民は神の御言葉を信じなかったので主の願っておられた安息に入れませんでした。心の安らぎを持たなかったんです。
 私たちにいこいを与えられた主は与えられただけではなく、私のいこいの場はどこですかとおっしゃっておられます。私の目指しているクリスチャンライフという教会は、主がいこわれる教会なんです。ここにいると嬉しくてたまらない。

 黙示録の中でエペソの教会について書かれています。よく賛美し、よく奉仕し、よく忍耐する理想的な教会に対して主は愛がないと責められました。イエス様は私たちとの愛の交わりを求めておられます。私たちはイエス様を信じたら、イエス様との交わりの中に入ったのです。(Tコリント1:9)私たちの交わりとは御父、御子イエス・キリスト、聖霊との交わりです。婚約時代の愛、誠実を主は求めておられます。(エレミヤ2:2)ダビデは私の幸せはあなたですと主に言っています。(詩篇16:2)神は、力があるからではなく多いからではなく、ただ愛しているからイスラエルの民を選ばれました。
 主は私たちに何度も愛を語られています。主は、私たちがどれほど主を愛しているかどうか一番関心を持っておられます。それは愛するものと一緒にいたいからです。主は何「主は、あなたがたが心を尽くし、精神を尽くして、ほんとうに、あなたがたの神、主を愛するかどうか知るために、あなたがたを試みておられるからです。」とあります。 主により頼む、すがる人生ですが、主が何かをして下さる事だけを求めるだけにならないで下さい。私の喜びは主です。私の幸せは主ですと主に向く者でありますように。主のそばにいる事を求めるそういう主との交わりをして行くようになると良い人間関係をも生み出す事が出来るようになります。主が立ち上がって下さる人生へと、イザヤ書66:12〜14にあるように皆さんを守られ慰められ力づけられます。そうならなければ私たちは宗教的になり律法の中でクリスチャン生活を歩んでしまいます。私たちの主は本当に良いお方です。主は私たちをいこわせて下さり私たちにいこいを求められます。私たちは願いを横に置いて、主の御声を聞くものとなりたいです。ピリピ人への手紙2:21には「だれもみな自分自身のことを求めるだけで、キリスト・イエスのことを求めてはいません。」とあります。「‥‥神のみこころにより、喜びをもってあなたがたのところへ行き、あなたがたの中で、ともにいこいを得ることができますように。」とパウロは手紙に書いています。(ローマ15:32)
 成熟したクリスチャン同士の中でお互いにあの人といるとくつろげるといえるようなクリスチャンライフを送れるように祈っていこうではありませんか。あなたと会うとくつろぐんですと。兄弟姉妹、主は私たちを愛しておられます。そして私たちの交わりを喜ばれます。主を喜んでください。主との交わりを楽しんで主がいこわれるように。主がくつろがれるようなクリスチャンライフになりますように。

2006年2月27日更新

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