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「宣教の日」

- 2006年3月5日 -

中央アジアの宣教師

聖句:エゼキエル2:3-6,3:16-21

  私は小学生の時に教会に集い始めて救われました。救われたきっかけは、私の母夜になると決まって頭が痛いとかといってとても苦しむため、色々な医者に連れて行ったのですが、医者はどこも悪くないというので、ある人に相談したところ、悪霊の仕業だと教えられ、教会に行くようになったのです。

 教会の先生が訪問してくださるようになったのですが、最初のころは、母はその先生が来る時間になるとどこかへ逃げていくということを繰り返していました。しかし、その先生が1ヶ月ほど訪問してくださった結果、母は悪霊から解放され、私たち家族もクリスチャンになることができました。

 私自身は主の僕になるつもりは余りありませんでしたが、軍隊生活がなぜか普通の人よりも倍近く長くなり、その中で牧師先生の助けと導きで神学校に行く道が開かれ、その神学校で学んで田舎の教会に遣わされました。
 その田舎の教会での生活は、都会の牧師では経験できないようなことを沢山経験することができました。忘れもしません、ある晩、一人の農家の主人が尋ねて来てこういいました。「母豚が赤ちゃんを産もうとしているのに、赤ちゃんが出てこなくて、母豚も死にそうです。どうか手を置いて助けてください。」私はこんな祈りに答えられるのか?と思い、半信半疑で仕方なく自転車に乗って、豚小屋のほうに走っていきました。ところが、豚小屋の付近ではこうこうと明かりがつけられ、多くの人が待っているではありませんか。それで、心の中で必死に祈って豚小屋に入っていき、豚に手を置いて祈りました。すると、子豚がするっと出てくるではありませんか。それからというもの、農家の人は、牛が病気だといっては私を呼びつけ、子供産むからと言っては呼ぶようになりました。
 始めはこんなことのために牧師になったのではないのに・・・と思っていましたが、宣教の地へ行ったときにこういう経験が役に立つようになり、あるときは現地のマフィアの奥さんに呼ばれたことがあります。子分たちが私のところに来て、彼女の元に連れて行きました。彼女は信じられないぐらい太っていて、医者はもうどうすることもできない状態でした。しかし、最後の望みにすがってきた彼女のために・・・動物よりはましですから・・・1ヶ月ほど祈り続けた結果、彼女は肥満から解放され、健康を取り戻すことができました。私は幸か不幸か、マフィアからも大切にされるようになり、宣教の働きも道が開けていったのを覚えています。

 今日の御言葉は、私たちが主の言葉を黙っていてはいけない・・・と言う警告です。沢山の人が滅びに向かっているのに、救いの恵みを知っている私たちが黙っていては、誰も救われないのだから、私たちは大胆に語るべきだ!・・という警告です。私たちが黙っていれば、多くの人が滅びに行くだけでなく、私たちにその義務を果たさないために、災いが来ることがあるというのです。
 マフィアの奥さんも苦しみの中で主を求めてきました。多くの人に救いが必要です。私たちの周りにいる多くの人に語りましょう。主を伝えましょう。それが私たち自身も滅びから遠ざかる道であり、祝福の道です。紙の子供として、大胆に語る皆さんでありますように祝福して祈ります。

2006年3月12日更新

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