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「確かな収穫を受け取るための教訓」

- 2006年3月12日 -

水野 明廣 牧師

聖句:エレミヤ1:19

  エレミヤは主から「あなたを預言者と定めていた。」とお言葉があった時、「ああ、神、主よ。私はまだ若く、どう語っていいかわかりません。」と言いました。その時主は、エレミヤに「わたしがあなたと共にいる。彼らを恐れるな。彼らはあなたと戦っても、あなたには勝てない。」と言われました。
 主がエレミヤに言われたこのお言葉は、アブラハムの時代からずうーと現在に至るまで、イスラエルに向かって語っておられ、また、私達にも「私はあなたと共にいます。」と語っていてくださり、実際共にいて下さっています。何という恵み、何という感謝な事でしょう。にも拘らず、まるで主がおられないかのように振る舞い、無視したり、忘れたりするような事はないでしょうか。もしそうであるなら主はとても悲しまれます。いつも共におられる主を喜ぶ事は、私達が何かをするよりも主は喜ばれるからです。

 私たちにイエス・キリストを信じる信仰を与えられた事は何にも変え難い恵みです。特にクリスチャン人口が少ない日本に於いて、その中の一人である私達は何と幸いでしょう。キリストによって神の子とされ、罪赦された者とされ、永遠の命を与えられたのです。この言葉に表せない程の恵み、この恵みを恵みとして受け取り信じる事が大切です。イエス様が私達に持って欲しいのは勝利の信仰です。

 試練や不安はいつもあります。しかし、キリストにあって勝利の信仰を持っているならいつも平安です。聖書の中に「恐れるな」ということばが365回出てきます。この恐れるということばの意味は恐怖心を持つとか、不安を持つとか弱さを感じる等の意味です。神を恐れるという場合は、聖霊様から来る清い健全な、神を敬う畏れです。

●「主を恐れることは、知恵の初め。」詩篇111:10
●「主を恐れるものを祝福してくださる。」詩篇115:13

 とあり、知恵のある人は、主を恐れます。

 また、罪の誘惑は誰にでもいつでもあります。しかし主を恐れる心がいつもあるなら守られます。恐れることは知識の初め、知恵の初めです。どのように知恵や知識が有っても神を恐れる心がなければそれはないのと同じです。主への健全な恐れは私達の主への礼拝、賛美に表れ、私の前にいつも主がおられ、見ておられ、聞いておられることを知って心から主に捧げるのです。モーセも目には見ていなかったけれど「主なるお方が私の前におられる。」といつも自分に言い聞かせていたと語っています。
 ただ、間違った恐れは皆さんから素晴らしい神様からの祝福を奪っているのです。もし皆さんが神様の約束された祝福を手に入れる事ができていないならば、なんらかの恐れがないか吟味して見てください。
 イスラエル人は出エジプトの際、素晴らしい数々の奇跡を経験したのにも拘わらず、カナン偵察に行った12人の内10人の恐れを持った者の報告を聞いて、同じように恐れ、結局カナンの地には入って行きませんでした。その為、荒野を40年さまよい、一生を終わってしまったのです。このことを皆さんはご存知でしょう。しかし、人ごとと思わないで下さい。私達も主に信頼する事をせず恐れを選ぶなら、主からの良いものを逃がしてしまうのです。そして恐れの中で堂々巡りをして死ぬのです。私達はイエス様に倣う者となるため訓練を受けます。できないことは沢山有ります。そして、恐れます。しかし私達には助け主なる聖霊様がおられるのです。


●「神が私達に与えてくださったものは、おくびょうの霊ではなく、力と愛と慎みとの霊です。」第Uテモテ1:7

 使徒たちも恐れました。しかし、聖霊様を受けた後、力を受け、何者をも恐れることなく伝道する者と変えられたのです。沢山の人が多くの問題や恐れに縛られています。主はそういう人々を解放されるために来られたのです。これらの人々の為にお祈りしてください。そうすれば、あなたが恵まれ、癒され解放されます。そして、主が喜ばれ立ち上がられます。大切な事は勝利の信仰を持つことです。主は勝利者です。何が起こっても全てのことを益と変えて下さいます。主は言われました。

●「あなたがたは、世にあっては艱難があります。しかし、勇敢でありなさい。わたしはすでに世に勝ったのです。」ヨハネ16:33b。

 主は私達に勝利の信仰を与えて下さいました。主はよいお方です。このお方に信頼してください。信じる人が最後に勝利するのです。「聖霊様助けて下さい。あなたを信じる方を選んで行きます。」と言い継けて下さい。

2006年4月2日更新

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