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「主の愛と誠実を信じ続ける」

- 2006年5月7日 -

水野 明廣 師

聖句:エレミヤ書31:3


 主の愛と誠実を信じ続ける。信じ続けるということが今日の大切なテーマです。信じた事もありました・・・ではないです。旧約聖書の中でも、度々、神は愛していると人々に語りかておられました。イスラエルの人々が神様の特別な民として奴隷であったのに解放されたのは、民が多いからではなく特別な存在であるからでもなく、神が愛しているからです。主は預言者イザヤを通して一人一人に愛しておられ、主の目には私たちは尊い存在であるとおっしゃっています。天地を造られた創造の神は私たちを愛しています。私たちの神様は親です。私たちの父であると聖書に表現されています。全てを造られた創造の神。唯一の神です。このお方が私たちを愛している事をまず知ってほしいのです。これを知って、信じて、信じ続けてほしいのです。
 幼い頃、親に対して何かほしい物を買ってもらわないと、自分は愛されてないと感じてしまいました。人間社会ではそのような事はたくさんあります。人に気に入った事をやってもらうと自分は愛されてると感じ、気に入らない事をされると愛されていないと、知らないうちに仕分けしてしまうのです。誰が決めたんでしょうか?聖書に書いてありますか?戒める事も愛です。主の愛に満ち満ちてしまうと、つまずく事がなくなってしまいます。物にも支配されないんです。何があっても私たちは神の愛から引き離される事はありません。(ローマ8:39)
 聖書に登場する人物の中でも、若い頃は主を求めていたが後には主から離れてしまった人々もいます。続けることが大切です。「もし私の言葉にとどまるならあなた方は私の弟子です」と主は言われました。主があなたを愛しておられるという主の言葉にとどまるならあなたは弟子なのです。主の言葉に留まろうとするときに信仰の戦いがあります。感情が伴わなくても魂に言い聞かせます。聖書に書いてあるからです。人を責めたり恨んだり批難したりするのは主は喜ばれません。その人の存在を主は愛されているからです。私たちが愛の中に留まるならば本当の弟子となり、自由になるのです。全き愛は恐れを締め出します。(Tヨハネ4:18)
 ヨハネはかつて雷の子と呼ばれていましたが愛の人となりました。神様がひとり子のいのちをささげて下さって、なだめの供え物としての御子を遣わして下さった事によって、私たちに愛を証明されました。(Tヨハネ4:7〜10)

 愛というのは聖いです。愛の光が差し込むとあらゆる忌まわしいものが逃げ去ります。皆さんの心も愛の光でいっぱいになりますように。まずは主の愛を追い求めてください。神様の素晴らしい愛を信じてとどまってほしいのです。主の言葉を持ち続けて下さい。主はおっしゃいました。“あなたがたがわたしにとどまり、わたしのことばがあなたがたにとどまるなら‥‥あなたがたが多くの実を結び、わたしの弟子となることによって、わたしの父は栄光をお受けになるのです。‥‥”(ヨハネの福音書15章)信じ続け告白と行動を続けるうちに主は必ず良い実をならせてくださいます。


 全てを創造された主なる神様、あなたこそ私の源。私の親です。私の父です。あなたこそ私の主です。その主なる神が永遠の愛をもって私を愛しておられる。いつも愛しておられる。その愛の中に私がとどまりますように。愛の中にとどまるならばつまずくこがない。全き愛の中にいるならば恐れは締め出されるとおっしゃいました。自由になって生きるとおっしゃいました。豊かな実を結ぶとおっしゃいました。そのような言葉が全部、この身になりますように。イエス様の御名によって、主の愛を求めて、聖霊様の助けに従って、もっと主の愛で生きるようにお願いします。アーメン

2006年5月9日更新

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