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「主を知ることが何よりも大切」

- 2006年12月31日 -

水野 明廣 師

聖句:ホセア3:1、4:3、6:3 

●主は私に仰せられた。「再び行って、夫に愛されていながら姦通している女を愛せよ。ちょうど、ほかの神々に向かい、干しぶどうの菓子を愛しておられるように。」(3:1)
●それゆえ、この地は喪に服し、ここに住む者はみな、野の獣、空の鳥とともに打ちしおれ、海の魚さえも絶え果てる。(4:3)
●私たちは、知ろう。主を知ることを切に追い求めよう。主は暁の光のように、確かに現われ、大雨のように、私たちのところに来、後の雨のように、地を潤される。(6:3)


 もし自分が心底軽蔑している女性を妻にせよと神に言われたらみなさんはどうしますか。預言者ホセアは幸せな人でした。なぜなら神の声が聞こえ、神と心を通わせることができたからです。神は心を通わせることのできるホセアを信頼していました。お互いの気持ちが通じ合うことは幸せなことです。逆に通じないことは大変辛いことです。
 私は先週孫に会いに行ったのですが、孫たちには私が来ることを内緒にしておきました。孫が私の顔を見たとき「おじいちゃんがぼくたちに会いに来るか、ぼくたちが会いに行けるよう、祈っていたらおじいちゃんが会いに来てくれた。」と言ってくれました。私も孫たちに会いたい思いでいっぱいでしたので、彼がそう言ってくれたことは本当にうれしいことでした。気持ちが通じ合うってうれしいことだな、幸せだな、と実感しました。神様もまた、私たちと同じように心を通わせることのできる相手がほしいのです。

 ホセアはゴメルという女性を妻として迎えました。ゴメルは彼に対し不忠実で次々と他の男性を追い求め、ホセアのもとを去ってしまい、その挙げ句、奴隷の身分へと陥ってしまいました。しかしホセアは彼女を探し求め代金を支払い自分のもとへ買い戻しました。ホセアはこの自分自身の経験から、神がどれほどイスラエルの民を愛しているかが分かったのです。
 愛してくださる神を知っていながら他の神々を祭り上げ、偶像礼拝し、裏切りを繰り返す民を神はそれでもなお愛し奴隷の状態から代価を支払ってでも取り戻してくださるのです。

 私達がイエス様を知っているといっても、私達は本当に知っているのでしょうか。知っていると言っても実際はよく知らず損していることが多いのもまた事実です。私は自宅にパソコンがありますが、あまり使いこなせず先日は乗車券の予約の際に損してしまいました。持っていても知らないと逃してしまうことがあります。私達はクリスマスに一番高価な贈り物をいただきました。命の贈り物、救い主イエス・キリストです。しかし持っていても与えられていても知らないとその恵みを逃してしまいます。
 ホセアが裏切られても妻を追い求め奴隷の状態から救い出すために代金を支払い自分のもとへ連れ戻しました。それはイエス・キリストがご自身の命に代えて私達を救い出した、神の姿そのものです。神を知らず、知ろうともせず、神から離れていた私達は滅びに至り、まさに奴隷のような状態でした。 
 また神は、神を信じた後でも、時々神から離れてしまう私たちの裏切りにもかかわらず、愛をもって私たちを追い求め滅亡から救いへと導き、恵みを与えてくださるのです。
 使徒パウロはテモテへ宛てた手紙のなかで、「私は自分の信じてきた方をよく知って」おり、「委ねたもの全てを守ってくださる」と言っています。主を知ることを切に求め、主なる神と心を通い合わせましょう。主を求める者には聖霊の恵みの流れが大雨のように溢れるほどにやってきます。

2007年1月6日更新

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