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「報酬の原則」

- 2007年1月28日 -

水野 明廣 師

聖句:オバデヤ 15

 オバデヤ書はたった1章だけの短いものです。神様がこの預言者を通して語っておられます。この15節に注目し、その中でも「・・・したように」という言葉に注目しています。
ヤコブはエサウのものをだましてとりました。ヤコブがエサウにしたように、後に、ラバンによってヤコブはされるということが起きます。自然界でも、小麦を蒔けば小麦が実るように蒔いたものを刈り取ります。この原則の中で、神様はあなたがしたことがあなたにもされるようになると言われています。

 私たちクリスチャンは、イエス様が十字架に架かられたことによって、素晴らしい赦しが与えられています。一方的な神様の愛の恵みによって「わたしは、もはや決して彼らの罪と不法とを思い出すことはしない。」(ヘブル10:17)と言われます。思い出すことはされないのに、あなたの行ってきた愛の労苦は何一つ忘れられません。(ヘブル6:10)ある婦人がひどい事を言われたり、とんでもない仕打ちを受けたりされていました。私は祈りの中で神様から思いが与えられ、この方に「いつかあなたがその人のお世話をすることになりますよ。」とお話しました。なんと、今、本当にその人を介護して、「ありがとう。」と何度も言われています。神様の恵みです。イエス様のために愛の労苦をしているうちに、不思議な祝福があなたに返されます。

●「ですから、私の愛する兄弟たちよ。堅く立って、動かされることなく、いつも主のわざに励みなさい。あなたがたは自分たちの労苦が、主にあってむだでないことを知っているのですから。」(Tコリント15:58)

労苦は報われます。だから、クリスチャンは損をすることがありません。私たちはイエス様にあって神様の素晴らしい恵みの中に生かされています。時間がかかったとしても、主は必ず報いてくださいます。

●「あなたのパンを水の上に投げよ。ずっと後の日になって、あなたはそれを見いだそう。」(伝道11:1)

●「 善を行なうのに飽いてはいけません。失望せずにいれば、時期が来て、刈り取ることになります。」(ガラテヤ6:9)


 疲れることなく、嫌がることなく、祝福の種をたくさん蒔いてください。神様はしたように必ず報われます。私たちの過去にあったマイナスなことは主にゆだねましょう。

 預言者のエレミヤは悲しいことがいっぱいでした。神様の言葉を語ってはひどい目に遭いますが、神様は何度も励まされます。そして、エレミヤは神様の言葉を語り続けます。

●「おもんぱかりは大きく、みわざは力があり、御目は人の子のすべての道に開いており、人それぞれの生き方にしたがい、行ないの結ぶ実にしたがって、すべてに報いをされます。」(エレミヤ32:19)


 神様は必ず報われるので、クリスチャンは損するという言葉を放棄します。無視されても、侮辱されても、見返りがなくても、良い種を蒔こうではありませんか。聖霊様の助けによって、イエス様のされたように愛の労苦、祝福を送り続けてください。主が喜ばれるので、主が見ておられるので、一歩踏み出して、愛の労苦、良い業を続けてください。思っていても、行動しないといけません。「したこと」に対して報われるのですから。報いの良い点は、種よりも実が大きい、多いことです。大きな祝福を神様はくださるという前向きな信仰をクリスチャンは持つべきです。大きな実がなります。続けましょう。行いましょう。

2007年2月2日更新

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