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「私たちの主である神が打ち破られる」

- 2007年2月25日 -

講師:水野 明廣師
聖書箇所:ミカ2:13 、使徒9:31

 私たちの主なる神様は私たちを閉じこめているもの、縛り付けているものを打ち破ってくださる神です。以前にも証しましたが、私はマンネリ化の中で、大変な問題に閉じ込められていました。その時、ペンテコステ教役者大会に招かれアルゼンチンから来られたフレーソン先生が「あなたに主からの言葉があります。」と言われ、イザヤ45:2-3を語られました。

●「わたしはあなたの前に進んで、険しい地を平らにし、青銅のとびらを打ち砕き、鉄のかんぬきをへし折る。 わたしは秘められている財宝と、ひそかな所の隠された宝をあなたに与える。それは、わたしが主であり、あなたの名を呼ぶ者、イスラエルの神であることをあなたが知るためだ。」

 神様はいろいろ不思議なことをされます。この教会にも来られたガーロック先生が、日本の教会を回られ、テキサスに帰られて家の教会に行かれた時に、「ガーロック先生、水野っていう人のために祈るように言われてるんだけど、水野っ何ですか?」と聞かれ「名古屋にいる牧師だよ。」と答えられました。そして、「あなたはひとりで戦っているんじゃない。あなたと共に戦う者たちがいる。わずかなものだと思うな。わたしの残された勇士があなたと共にいるのを見なさい。だから、その彼を支えるために私たちも祈れと言われている。」と連絡してくださいました。

 世界中に私たちの家族があって、キリスト・イエスの目から見ると、すべてのクリスチャンは1つの神の家族、キリストのからだで、教団、教派の違いなどありません。イエス様はキリストのからだにあって、私たちが互いに仕え合い、愛し合えるように、常に働いておられます。私たちはひとりではどんな働きもすることができません。聖霊様は私たちを用いて事をなされます。そういう主の働きの一方で、私たちを閉じ込めようとする勢力もあります。

 新年聖会に来てくださった栄義之先生も、生い立ちから来るつらい人生の中で、キリストとの出会いがなければ閉じ込められたままの人生だったかもしれません。十字架は、私たちがどんな呪わしい過去を持っていようと、死の恐怖、恐れ、劣等感からさえもあらゆる私たちを束縛するものを打ち破りました。十字架は打ち破りの象徴です。私たちの前に立ちはだかる壁があります。私たちの信仰で大切なことは忍耐です。

●「約束のものを手に入れるために必要なのは忍耐です。」(ヘブル10:36)

 神様から素晴らしい約束をもらっていても、神様の方を向いても、賛美しても、何か閉じ込められている状況が変わらない時があります。でも、キリストは十字架によって、すべてを打ち破られたのです。そのキリストの打ち破りを現実に私たちにもたらすために聖霊様は今も働いておられます。使徒行伝の時代でも、激しく聖霊様が働いておられたので、彼らにはさまざまな束縛、圧迫、迫害がありました。死の恐怖さえあったでしょう。しかし、聖霊様に励まされ、彼らはとどまることなく前進したために、ローマ帝国をイエス・キリストの福音によって征服するという驚くべき神の影響力を現しました。

●「主はあなたに告げられた。人よ。何が良いことなのか。主は何をあなたに求めておられるのか。それは、ただ公義を行ない、誠実を愛し、へりくだってあなたの神とともに歩むことではないか。」(ミカ6:8)

 と主は私たちを励ましておられます。普段の生活がどんなに平凡であっても、それは私にとって主と共に生きる日々なんだという積み重ねがとても重大だと思います。ミカが生きていた時代は、正義が通らない、真実が捻じ曲げられているなど、今の日本とそんなに変わりません。(参照ミカ2:6,3:11,7:3)しかし、その現状の中で、神の聖霊が働かれています。

●「ヤコブよ。わたしはあなたをことごとく必ず集める。わたしはイスラエルの残りの者を必ず集める。わたしは彼らを、おりの中の羊のように、牧場の中の群れのように一つに集める。こうして人々のざわめきが起ころう。」(ミカ2:12)

 自分の周りに味方が少ないからといって怯えないでください。主は「打ち破るものがあなたの先に行かれます。」と言われます。私たちは主に愛されているものとして、主が常に私たちの前におられることを、信仰をもって、信じて、感謝して、誠実の限りを尽くして歩もうではありませんか。「神様が私にとって偉大で、力強く、あまりにも大いなる主なので、ただ、ひれ伏すことしかできません。あなたの前に砕かれてまいります。」とへりくだり、誠実の限りを尽くして(ミカ6:8)いくならば、私たちのまえに確かに打ち破るものを送って、事を成してくださいます。

●「すべての肉なる者よ。主の前で静まれ。主が立ち上がって、その聖なる住まいから来られるからだ。」(ゼカリヤ2:13)

 神様は私たちの能力や気力を欲しいのではありません。私たちの命を主に明け渡します。私たちが生かされているのは、神の御国のいのちをこの地上に現すためです。聖霊様にすがるので、天の御国のいのちと力が私たちという弱い人間を通して流れるのです。みなさん、祈って、砕かれて、忠実に、誠実に主の前に進んでいこうではありませんか。主は私たちを通して働いてくださる方なので感謝です。

2007年3月1日更新

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