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「主が治められる」

- 2007年3月4日 -

講師:水野 明廣師
聖書箇所:ナホム書1:2-3、ローマ12:17-21

  私たちは、人間関係を保ちながらこの社会で生きていると、利害関係や義理などで結ばれて縛られてしまいます。それだけなら良いのですが、私たちの中にはもっと嫌なものがあるかもしれません。憎しみ、妬み、恨み‥‥程度は色々あると思います。しかし、もしもそのようなものが心の中にあるのなら、私たちは、私たちを無条件に愛して下さる神様の御霊を悲しませる事になるのです。私たちの心の中に、もし人を責めたり、裁いたり、恨んだり、私はこんな酷い事をされた、こんな悪い事を言われたからといって仕返しや復讐をするような思いが心に潜んでいるのなら、聖霊様は悲しまれます。

●復讐してはいけません。(レビ記19:18)
●怒ってはいけません。(詩篇37:1、7、8)
●怒ったままで夜を過ごさないで下さい。(エペソ4:26)


 主に全て委ねてください。復讐は私たちのする事ではありません。神は治めておられます。絶対に神様は不公平な事はありません。結局は、神様は清算されます。嫌な事、悲しい事が起きることがあります。神が喜ばれたダビデのことを考えてみましょう。自分が仕えてきた王様に命を狙われている身なのに、ナバルという人を守ったのです。彼が平安に暮らせるようにいつも守ってきました。こんな悪い者にどうして…?と部下もあきれていました。

 ナバルは何の感謝もダビデにしませんでした。収穫の祝いをしているときに、ダビデが遣わした使いさえののしりました。ダビデはついに怒りましたが、ナバルの妻の言葉によって復讐しようとしたのをやめました。妬みの心、仕返しの心を私たちが持ってしまうと体が壊れます。人生が壊れます。家庭、職場を壊します。

 私たちはクリスチャンになったから試練がない。問題がないとは聖書に書いてありません。パウロは人々の癒しと解放のためのつとめをしましたが、どうなりましたか?投獄されました。私はクリスチャンライフの全ての人に癒しと解放の御業をして欲しいです。しかし皆さんがそれをしても手を叩いて喜んでもらえるでしょうか?そういう場合もあるかもしれませんが、楽しいから心地良いから信仰を持っている、というレベルから早く脱皮して下さい。私たちは悪に負けない。妬みの恨みの世の中に負けない。無条件の愛で愛してくださる神様の愛で愛するために生きているんです。愛され愛するためです。私たちは悪をもって悪に報いてはいけません。全ての人たちに平和な気持ちを持つ事が出来ますように。

 もし皆さんが、誰かに対して腹を立てている。責めている。裁いている思いがあるのなら、早く処理して下さい。決してそれは心地よい事ではないかもしれません。主の前に出て、心を探って頂いて、裁きも、責めも神様が成される事だから、私はただ良い思いだけを持って、人の幸いのためにと決心して下さい。主の美しい眼差しで見られている皆さんの心はどうですか?神様は無条件に私たちを愛し、赦してくださっています。その愛に生きて行こうではありませんか。聖霊様の流れが私たちを通して流れ出ていきますように。必ず神様が裁かれます。どうか心を探って下さい。恵みを受けて恵みが流れ出ていきますように。恵みの世界にだけい続けることが出来ますように。ヨナの宣教によって、ニネベが神の憐れみを受け怒りの裁きに合うことがなくなったのに、再び彼等は高慢になり、悔い改める事が出来なくなってしまいました。愚かな過ちを繰り返す事がないように聖霊様の恵みの中に生きていこうではありませんか。

 愛してくださるイエス様、信仰の御霊、私たちのために主は良い事をして下さっていますから、イエス様を愛して行けば、イエス様に従って行けば、今まであった悪い事は、悲しかった事は全て益にされますから、聖霊様の恵みに頼ります。私の中から人のための祝福と善だけが、良い思いだけが流れますように。聖霊様助けて下さい。イエス様のように聖霊様の助けでなれますように。まず、心が、思いが、イエス様のようになれますように。助けて下さい。聖霊様の働きに期待します。イエス様の御名によってお祈りします。

2007年3月8日更新

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