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「主を求めて主の言葉で生きる人には」

- 2007年3月18日 -

講師:水野 明廣師
聖書箇所:ゼパニヤ3:14-17、ピリピ4:4

 シオンの娘よ。喜び歌え。イスラエルよ。喜び叫べ。エルサレムの娘よ。心の底から、喜び勝ち誇れ。主はあなたへの宣告を取り除き、あなたの敵を追い払われた。イスラエルの王、主は、あなたのただ中におられる。あなたはもう、わざわいを恐れない。その日、エルサレムはこう言われる。シオンよ。恐れるな。気力を失うな。あなたの神、主は、あなたのただ中におられる。救いの勇士だ。主は喜びをもってあなたのことを楽しみ、その愛によって安らぎを与える。主は高らかに歌ってあなたのことを喜ばれる。(ゼパニヤ3:14-17)

 シオンの娘とは、イエス様が私たちクリスチャンに対して呼びかける言葉です。イスラエルやエルサレムという言葉も多くの場合はクリスチャンに当てはまります。また主は、私たちを娘、息子と呼んでくださいます。これらの言葉に共通している点は「喜びなさい」ということです。喜びの根拠は、主があなたへの宣告(有罪判決)を取り除いてくださったからです。私たちには文字に書かれた神様の明確な戒めがあり、また神様が造られた良心があるので自分が宣告を受ける者であることが分かります。キリストの十字架は、私たちからすべての宣告を取り除いてくださったのです。神様が私たちの幸せのために与えられた律法を破ることによって宣告を受け、罪の呪いを受ける運命にあった私たちをイエス様が呪われた者となって、贖いだしてくださったのです。(参考 ガラテヤ3:13)イエス様が私の罪の身代わりとなって十字架で死んでくださったことを思うなら、私たちはもっと大喜びすべきではないでしょうか。私たちが喜んでいる姿こそクリスチャンの最高の証です。敵はこの喜びを奪い去ろうと私たちを責め立てる債務証書を突き付けています。主はすべての証書を十字架に釘付けにされました。そして主は敵のすべての支配と権威を剥ぎ取ってしまわれたのです。(参考 コロサイ2:14-15)すでに十字架で敵も敵の力も打ち破られました。主に従うなら私たちは圧倒的な勝利者として生きることができるのです。

 現実に、わざわいも多くやってきます。主は私たちのただ中におられるので、わざわいがあってももう私たちはわざわいを恐れません。主は私たちの苦しみ、痛み、すべての状況をご存知の上で喜びなさい、喜び歌いなさいと言われます。主は喜びの叫びの中を上っていかれ、賛美の中に働かれるからです。私たちは現状の荒波の中にうろたえてしまうという習性があります。しかし信仰や信頼というものはそういうものに揺るがされることなく、むしろ荒波を通して本物になっていくのです。わざわいはほしくありません、でもこのような現実こそ私と主との関係を強固にする大きな力になるのです。

 主は私たちのことを喜び、その喜びがあまりにも大きいので私たちのために歌っておられるのです。私たちのことを思わず歌いたくなるほど愛してくださっているのです。主は私たちの悲しみ、悩みを知らないことは絶対にありません。主は何もかもご存知で、「喜び歌え、喜び叫べ、心の底から喜び勝ち誇れ」と言っておられます。

 健全なクリスチャン生活は、この日を造られた主を喜ぶことです。今、喜びましょう。今が恵みのときだからです。天国は喜びの国です。御国の喜びが私たちの心に来ますように。

 わたしは、あなたのうちに、へりくだった、寄るべのない民を残す。彼らはただ主の御名に身を避ける。(ゼパニヤ3:12)

 へりくだるとは主の御言葉に従うことです。寄るべのない民とはこの世のもの、権力や組織などを拠り所としないで、主にだけ頼る人です。喜びと同時に大切なことは、

@ いつもへりくだることを選ぶ
A 自ら進んで主によりすがることを選ぶ

 世の中がどんなに暗くても、私たちの現状がどうであれ、主の御言葉によって喜びましょう。主が私たちの只中におられるのですから、主が私たちのことを喜び歌ってくださるのですから、私たちももっと喜び歌うことを習慣としましょう。

2007年3月21日更新

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