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「収穫のときを生かそう」

- 2007年4月1日 -

講師:水野明廣師
聖書箇所:ハガイ1:5-8

  皆さんは、皆さんのの周りの方が、自分の家族だという事を御存知でしょうか?あなたのお隣の人なんか知らない、という事がないように。皆さんのお隣の方がクリスチャンで、あなたがクリスチャンなら、永遠にお付き合いをする運命にあります。クリスチャンライフの方だけではありませんよ。この場所で礼拝していらっしゃらないクリスチャンの方が沢山いらっしゃいます。世界中にいらっしゃいます。でも、全員同じ神様の家族です。私たちは家族同士です。イエス様がその家族を愛されるように愛し合って行きたいと願っています。

 今日のメッセージのタイトルは、「収穫の時を生かそう」です。皆さんは、今朝どんな目覚めがありましたか?今朝、うぐいすが鳴いて私を迎えてくれたんです。こんな街中でどこにいるんだろうと見渡してしまいました。春ですね。4月です。新しい旅立ちです。新しい学期、新しい職場‥‥私は百姓の家に育ったので、春にはもう秋の刈り取りのための準備をしなければならないんです。私たちのために命までも捧げて下さった最高のお父様は、私たちをとても愛して下さっています。私たちのために喜んでくださって、歌まで歌って下さるんです。自分のために歌まで歌ってくれるんです。イエス様はあなたを喜んでいるんです。私たちを愛して下さる神様の恵みです。そんな歌声も聴ける人は幸せですね。私たちが主と親しくなればなる程、主が近くなればなる程、主の御声がよく聞こえるようになるんです。これがクリスチャンの成長というものだと思います。

 人の声ばかり、自分の思いばかりしか聞こえないのなら、人生はむなしくて、わびしくて、辛いです。私たちのために、イエス・キリストは、愛して、命まで捧げ、十字架に身を捧げました。イエス様の目から見ると、かけがえの無い一人一人、大切な存在です。それだけではなく、皆さんに素晴らしい祝福を与えてくださいます。

 イスラエルの人々が、何百年も前に神様から選ばれた民となり、真の神の愛の中に恵まれていて、世界中に主の証しをするために召されたのです。本来、ユダヤ人は神の宝の民となるために選ばれたのです。しかし、彼等は、偶像礼拝をし、乱れた生活をしました。何度も預言者を遣わして警告しましたが、再び罪を犯していきます。そしてとうとうバビロンへ捕らわれの身となって連れて行かれます。それでも神様はこの民を愛して、決して見捨てる事が出来ず、70年の後、解放され再び帰ると預言者エレミヤを通して語られました。

 ダニエルはその言葉によって、断食し祈りました。その祈りに神様は応え、クロス王に神の霊が働かれ、ユダヤ人は再びエルサレムに帰っていきます。神様は、エルサレムに帰ったら、神殿をつくりなさいとおっしゃいました。神の宮をまずつくりなさいと。彼等は意気揚々と帰って来ました。そして神殿の土台を据えました。Tコリント3:11には、「イエス・キリストが土台」とあります。しかし、70年間奴隷として生きていた彼等は、故郷に帰って来て、救われた。解放されたといっても、彼等は土台をつくるだけでも疲れてしまったのです。私たちの生活が大変だ。問題がたくさんあると、みんな弱気です。自分たちの生活が良くなったら主の家を建てようと。彼等は、まず自分を建て直そうと一生懸命働き始めるのですが、穴の開いた袋に稼ぎを入れているような状況でした。いくら稼いでも、いつも汗水流して働いても、何年経っても上手くいかないのです。一方、主の宮は建てられないままです。そのような状況の中、預言者ハガイが語りました。私たちはよくこう言います。伝道?宣教?その前に自分のためにしなければ‥‥自分の家庭、自分の生活のために。彼等は、自分に家庭に問題があるからといって神の宮のためにする事もしなくなり、捧げる事もしなくなっていきました。

 しかし、皆さん憶えておいてください。詩篇127:1に書いてあります。「主が家を建てるのでなければ、建てる者の働きはむなしい。」本当に皆さんの人生を建てるのも、皆さん自身を建て上げるのも主なる神様です。神様を抜きにして建てた者は、どんな立派なものを建てたとしても、神の栄光にならない。むしろそれによって身を滅ぼしてしまいます。主が守らなければ、どんなにしても事は足りません。私たちがどれ程神様を大切にしているのかは、主が御存知です。でも、主は命がけで私たちを大切にして、愛しておられます。目に見えなくても、感じなくても、イエス様は永遠の愛をもって愛しておられるのです。私たちも愛して、神の家を、主の御自身の体である教会に仕えるんです。

 たくさんの若者は自分の身を傷付けています。多くの年配の男性が自殺しています。みなさんの周りには沢山の人々が倒れ、行き場を失い、意気消沈しています。今まさに主の時が来ていると信じています。こんな荒んだ世の中、表面的には華やかですが、人々は孤独と不信感で満ちています。今、私たちは、主の家に招く時です。預言者サムエルは言いました。私は私を敬う者を敬います。神様はあなたを豊かな収穫のために用いたいのです。70年間も捕虜として生活していて何も無いという人達でした。でも、私たちには主からの賜物があります。(Tペテロ4:10)お互いが必要です。あなたに出来るあなたの主からの賜物があります。よく機能すればするほど、主の御身体である教会が建て上げられていきます。

 材木が積んであるだけでは、1000本あってもどうにもなりません。でも、10本でも上手く組み合わされていれば、そこに良い場所が出来ます。孤独で、傷ついているような人も必要なのです。私の苦しみはみんなあなたがたの益になるとパウロは言いました。苦しみの中にいる人を知るためです。どんな失敗、過ちさえも主のもとに置くならば、全部益に変わります。

 何をするにも主のためにしましょう。強く雄々しくあって実行していきましょう。神様の恵み、慈しみが、皆さんを追いかけます。実行する時です。まず何ができるでしょうか。‥‥「祝福あれ」という祈りから始めてください。

2007年4月7日更新

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