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「主にもとめれる時期に求める事が肝心」

- 2007年5月6日 -

講師:水野明廣師
聖書箇所:ゼカリヤ10:1、Uコリント6:2

 伝道者の書3:1には、全ての出来事には定まった時があると書いてあります。ですから、時を逃さないようにする事が大切です。今日のメッセージは、雨の時に雨を求める。私たちは、季節、時期を知る事が大切です。

 ダビデが優れた人物であったのは、時を知る人が約300人いたからです。今は、神様の御言葉では、聖霊様の季節です。ヨエル書1,2章には、悲しい状況が書かれていますが、2:21には、「楽しみ喜べ」とあります。主から驚くべき回復の時、収穫の時が来るとヨエルは預言者として見ました。28節には、「わたしの霊をすべての人に注ぐ。」とあります。終わりの時代には、初めの雨と後の雨とを降らせてくださいます。(23節)

 イエス様は、人の子として過ぎ越しの祭りを祝い、祭りの終わりの大事な日に叫ばれました。「だれでも渇いているなら、わたしのもとに来て飲みなさい。‥‥その人の心の奥底から、生ける水の川が流れ出るようになる。」(ヨハネ7:37)これは、雨が降るという自然現象についてではなく、聖霊の雨に対しての言葉です。イエス様を信じる者には、一番必要なことです。

 私は以前、通訳の仕事で、オーラル・ロバーツ師と過ごした事がありました。私の憧れの神の器です。当時70歳くらいでした。彼は大学、病院までつくりました。17歳まで口がきけなかったのです。あまりにもどもりがひどく、友達も出来ませんでした。しかし、親が教会に連れて行きました。いつも教会でイエス様の話を聞きます。でも彼は自分には神様は働かれないと腹を立てました。そして、もしあなたが本当に生きていらっしゃるのならあなたのおっしゃる聖霊に満たして下さいと求めました。使徒行伝では、聖霊に臨まれた人が変わりました。彼は、17歳の出来事を忘れないよとおっしゃいました。自分の状態を恨み憎んで泣いて苦しみました。悲しみと苦しみの中で、突然舌が解けて話せるようになりました。そして、生涯主に明け渡す事を決心しました。

 聖霊が臨まれて働かれたら、人間の限界、制限を超えて、神の恵みの領域に入ります。私達はヨルダン川を超えていかなければならないのです。紅海は水のバプテズマ、ヨルダン川は聖霊のバプテズマと私は思っています。異言を語って終わりではないのです。御霊に満たされ続けなければならないのです。(エペソ5:18)

 主の雨の時です。主は人を偏り見られないお方です。今は聖霊様の時代です。わたしの霊は働いていると主はおっしゃっています。聖霊が臨まれたら人々は用いられていきます。主は私達を用いて下さいます。雨の時に雨を求めてください。

 主はぶどうの木、私達はただの枝です。あなたを離れては何も出来ません。‥‥本当にそう思っていますでしょうか?聖霊様のいのちが流れるようになりたいので、もっともっと満たして下さいと求めてください。皆さんの中には、大切な人からとんでもない仕打ちを受けている方がいらっしゃるかもしれません。それでも主を求めてください。それでも、私は枝なのだから、自分では何も出来ないと。イエス・キリストを信じる人々の中には聖霊様がおられます。

 大切な事は、聖霊様を無視しない事です。聖霊様が悲しまれる思いをいつまでも持ったままでいないで下さい。聖霊様は私達の傷や心の問題を御存知です。そういう思いを持ったままでいると、聖霊様は悲しまれるのです。聖霊様を歓迎して下さい。主を認めて、主の大雨が私達にいっぱい注がれてきますように。神様は私達に悲しみや恨みや苦しみを味わせる事通らせる事はありません。主の方に向いていくならば、私達は用いられていきます。苦労した人が一番思いやりがあります。聖霊様にもっともっと満たされますように。

2007年5月13日更新

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