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「後の雨のときに、主に雨を求める人は」

- 2007年5月27日 -

講師:水野 明廣 牧師
聖書箇所:使徒の働き1:8

「しかし、聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土及び地の果てにまで私の証人となります。」
                           

 弟子たちは、復活されたイエスさまから聖霊をそそぐ約束をもらっていたので祈り続けました。その時を彼らは知りませんでしたが、自分たちの心を注ぎだし主を仰ぎ見て賛美し、熱心に祈ったのでした。そして、五旬節の日に聖霊が注がれ、聖霊に満たされて人が変わってしまった弟子たちの姿を見た人々は驚き、怪しみました。中にはあざけるものもいました。

 しかし、ペテロは「この人たちは酔っているのではなく、これは預言者ヨエルによって語られたことです」と大胆に語りました。また、聖霊に満たされたペテロは聖霊の導きの中で生まれつき足のきかない男に「ナザレのイエスキリストの名によって歩きなさい」といって立たせ、歩くことができるようにしました。

●「この方以外には、誰によっても救いはありません。世界中でこの御名のほかには、私たちが救われるべき名としては、どのような名も、人間に与えられていないからです。」(使徒4:12)

●「民の指導者、長老、学者、祭司たちはペテロとヨハネを捕らえ尋問し、イエスの名によって語ったり教えたりしてはならないと命じたが、聖霊に満たされてますます大胆に語り続け、多くのしるしと不思議なわざ人々の間で行われた。人々は心をひとつにして神に祈った。「主よ。いま彼らのおびやかしをご覧になり、あなたのしもべたちにみことばを大胆に語らせてください。御手を伸ばしていやしを行わせ、あなたの聖なるしもべイエスの御名によって、しるしと不思議なわざを行わせてください。」(使徒4:29・30)

 弟子たちは、聖霊に満たされ変えられました。多くのしるしと不思議なわざが人々の間で行われ、主を信じるものはますます増えていき、すべての民に好意を持たれました。日本のキリスト教会が生き生きとせず本当の感動がないのは、言葉だけだからです。この終わりのときに、無関心、無頓着、神に心を向けない人々のためにどうか主よ、御手を伸ばしてくださいとクリスチャンは祈り、祝福を与えるために、もっと大胆に働くために、神を愛し人を愛していくために、私たちは変わらなくてはなりません。

 そのためには、「満たし」が必要です。聖霊様がなぜ臨んでこられたのか?それは私たちを変えたいのです。この後の雨の時代に、主よ助けてください、もっとそそいでくださいと私たちが求めるなら、主は与えられます。聖霊の満たしと助けは私たちを変えます。もっと求め、満たされて、よりよい妻、夫、親、社会人、…本物になりましょう!!

2007年6月3日更新

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