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「豊かな人生を生きるために」

- 2007年8月26日 -

講師:水野 明廣 牧師
聖書箇所 ヨハネ10:10-14・マタイ7:11

  私は、数年前から「豊かな命」というシリーズでメッセージを何度も語ってきました。それは、皆さんに豊かな人生を生きて欲しいからです。では、皆さんにとって豊かな命とは何を意味しますか?

黙示録に、7つの教会が出てきます。その中のひとつのラオデキヤの教会の特徴は、物質的に非常に豊かだったことです。自他共に豊かだと認められていました。しかし主は、

●黙示3:17
「あなたは、自分は富んでいる、豊かになった、乏しいものは何もないと言って、実は自分がみじめで、哀れで、貧しくて、盲目で、裸の者であることを知らない。」


と言われました。

主なる神は、私達の基準とは違う基準で私たちを見ておられます。富・肩書き・体力・・・・何にも左右されない豊かさを、主は私たちに与えたいのです。ルカの福音書に金持ちと物貰いのラザロの物語が出てきます。この物語は、おそらく本当にあった物語だと思われます。その中で、金持ちもラザロも死にましたが、ラザロはアブラハムの懐にいだかれました。しかし、金持ちは火の燃える場所に落とされました。金持ちが助けを求めても、アブラハムは「私たちとお前の間には深い淵があって行けない。」といって、金持ちの助けに答えませんでした。金持ちの人生は本当に豊かな人生とはいえません。

また、アダムとエバが罪を犯した後、主なる神様がアダムを探しに来られたときに「アダムよ、あなたはどこにいるのか。」主が語られたのですが、アダムたちは隠れていました。これは神様との関係が切れてしまった状態なのです。そして、それは最も貧しい状態です。

現代の問題の中に、夫婦の関係が切れている、親子の関係が切れている、友人との関係が切れている・・・・という本当の交わりが絶たれてしまっているという問題があります。

●イザヤ59:2
「あなたがたの咎が、あなたがたと、あなたがたの神との仕切りとなり、あなたがたの罪が御顔を隠させ、聞いてくださらないようにしたのだ。」

罪が私達の関係を断ち切ってしまっていると言うこともあります。罪を赦してくださるイエスキリストの十字架の恵みによって、断ち切られた関係を回復することが出来ます。

新約聖書を読みますと、イエス様がご自分が好んで行かれた場所があることがわかります。そのひとつに、マリヤとマルタとラザロの家があります。
どうしてこの家を好まれたのか書いてありませんが、イエス様にとってこの家はとても居心地のいい家だったようです。確かに、あるとき姉のマルタが接待のために忙しくて、イエス様の足元に座ってお話に聞き入っているマリヤにも、自分を手伝って働くようにとイエス様にお願いしたことがありますが、イエス様にとってこの家はどの家よりも居心地が良かったようです。

今年の夏期聖会で、講師の勧めでカーペットタイムを持ちました。祈らないで、何もしないで、ただ主を待ち望みましょう・・・と言うことでした。ある方は、いびきをかいて寝てましたが、ある方は、主から「あなたと共にいられて私はうれしい。」と語っていただいたと感激しておられました。

あなたにとって豊かな人生とは何でしょうか?

イエス様が来られた目的は「私が来たのは、羊がいのちを得、またそれを豊かに持つためです。」 主に生かされていることが素晴らしい・・・・このいのちをどのように使うかを考えてください、この限りある人生を大切にして下さい。

2007年9月5日更新

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