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「主が求めておられる礼拝とは」

- 2008年7月20日 -

講師: 川本 泰彦 師
聖書箇所:ヨハネ4:23-24、ヘブル13:15

今日、主が私たちに強く願っておられることについて語りたいと思います。主の思いは私たちの思いをはるかに超えています。

●「わたしの思いは、あなたがたの思いと異なり、わたしの道は、あなたがたの道と異なるからだ。・・主の御告げ。・・天が地よりも高いように、わたしの道は、あなたがたの道よりも高く、わたしの思いは、あなたがたの思いよりも高い。」(イザヤ55:8−9)

 人間が神様のすべてを知ることは不可能です。神様は私たちに主を知るように願っておられますが、同時に主に信頼し、主に委ねるようにも願っておられます。神様は私たちの理性や感情を超えて働かれる方だからです。ですから私たちの理性や感情を超えて主を礼拝し、主を賛美しましょう。
 
 今日のメッセージのポイントは

@ 理性を超えた賛美礼拝
A 主は礼拝者を求めておられる
B 礼拝と宣教の関係

についてです。

主は私たちが幼子のように無邪気に主を喜び、主に親しく近づくことを願っておられます。礼拝の中で私たちは主に出会い、主と親しく交わることができます。

 個人的な私の証ですが本当に苦しい状況の中にあった時、主は私に現れてくださいました。そして聖霊様の恵みを体験しました。友人から借りたビンヤードの賛美礼拝のテープをとおして、主がありのままの私を愛して下さっていることを知りました。その後、主は“昔よりの神は住む家、永遠の腕が下に”(申名記33:27)の御言葉を与えてくださり、私が倒れても主の腕が支えて下さっているという御言葉によって私を回復して下さったのです。
 礼拝とは主との親しい交わりの時間なのです。ダビデは主を賛美し礼拝することを何より大切にした人です。
 
●「万軍の主。あなたのお住まいはなんと、慕わしいことでしょう。私のたましいは、主の大庭を恋い慕って絶え入るばかりです。私の心も、身も、生ける神に喜びの歌を歌います。」(詩篇84:1-2)
 
 主は私たちの心を求めておられます。私たち自身を求めておられます。
 
●「神へのいけにえは、砕かれたたましい。砕かれた、悔いた心。神よ。あなたは、それをさげすまれません。」(詩編51:17)
 
 ダビデは主にいつも砕かれた心、感謝の心、主への賛美をささげていました。“ハレルヤ”という言葉は“主をほめたたえよ”という意味です。“わがたましいよ。主をほめたたえよ。ハレルヤ。”(詩編104:35)
 このハレルヤは歓喜の声を上げる。力の限り主をほめたたえる。興奮して叫ぶという意味が含まれています。ダビデはこのハレルヤの言葉の意味がよく分かっていました。ダビデは周りの人からどう見られようとかまわずに主の臨在を喜び、力の限り踊って主を賛美しました。(参考 Uサムエル6:17−23)

 犬が飼い主を喜んで、尻尾を振り飛びついてくる姿、これが礼拝です。聖書には私たちが賛美の声を上げるとき、主が不思議な御業をなされた記事がいくつかあります。ヨシャパテ王の軍が主に喜びの声、賛美の声を上げ始めたとき、敵が打ち負かされました。(参考 U歴代誌20:22)ヨナが感謝の声を上げると主は彼を魚の腹から救い出されました。(参考 ヨナ2:9-10)パウロとシラスが牢の中で讃美しているとそこから解放され、しかも看守とその家族が救われました。(参考 使徒の働き16:26-34)

 主は私たちの理性や感情を超えて働らかれます。ですから問題があっても賛美をやめないでください。サタンは私たちの唇から賛美を盗み、その代わりに不平、つぶやきを入れようとやっきになっています。サタンは私たちの心から、主を喜び、感謝することを奪おうとしています。
 主を喜ぶことが私たちの力なのです。(参考 ネヘミヤ8:10)新共同訳では「主を喜び祝うことこそあなたがたの力の源である。」となっています。私たちは問題がある時にこそ、ますます主を賛美し続けましょう。

●「神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。」(ローマ8:28)

●「あなたがたは、私に悪を計りましたが、神はそれを、良いことのための計らいとなさいました。それはきょうのようにして、多くの人々を生かしておくためでした。」(創世記50:20)

 どんなに雲の下が悪天候であっても雲の上は晴天です。私たちの身の回りにはさまざまの嵐が吹くかもしれません。しかし主はどんな時にも良いお方です。ですから目先の問題に捕われず、主に向かって賛美の声、感謝の声を上げましょう。ある時は叫び声を上げましょう。賛美の上に主が座してくださいます。賛美の中で主が働いて下さり、御自身の栄光を現わしてくださいます。主を喜びハレルヤと叫びましょう。これが主が私たちに願っておられることです。

  2008年8月10日更新

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