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「輝いて生きる」

- 2009年8月23日 -

講師:神戸 京子 牧師
聖書箇所  イザヤ60:1-3

「起きよ。光を放て。あなたの光が来て、主の栄光があなたの上に輝いているからだ。見よ。やみが地をおおい、暗やみが諸国の民をおおっている。しかし、あなたの上には主が輝き、その栄光があなたの上に現われる。国々はあなたの光のうちに歩み、王たちはあなたの輝きに照らされて歩む。」

神はおられます。けれども私たちの咎、罪が仕切りとなって人々は神の光を見出せないのが現実です。

●イザヤ書59:1、2、9
・「見よ。主の御手が短くて救えないのではない。その耳が遠くて、聞こえないのではない。」
・「あなたがたの咎が、あなたがたと、あなたがたの神との仕切りとなり、あなたがたの罪が御顔を隠させ、聞いてくださらないようにしたのだ。」
・「それゆえ、公義は私たちから遠ざかり、義は私たちに追いつかない。私たちは光を待ち望んだが、見よ、やみ。輝きを待ち望んだが、暗やみの中を歩む。」


イザヤは見通しのたたない暗い時代に、主を礼拝する為に主の前に出ていきました。そして主を体験して「ここに、私がおります。私を遣わしてください。」と言いました。

私達は自分で解決できない問題を抱え苦しみます。もうダメだという状況の中で、イザヤのように主を求め、時には悔い改めて、へり下って主の前に礼拝者として出ていく者を、主は軽んじられません。

●詩篇51:17 
「神へのいけにえは砕かれたたましい。砕かれた、悔いた心。神よ。あなたは、それをさげすまれません。」

イザヤの口びるを清めて下さったように、神様は許しを与えて下さいます。神様と私達の間にあった仕切りが、とりのぞかれるならば、私達の上に輝いている栄光の主の輝きを受けて輝くことができるのです。神の民が、輝くことにより、世の人々が、神様の望みを見出すことを神様は望んでおられ、私達を用いてご自身の務めをさせようとしておられます。

●Uコリント5:18
「これらのことはすべて、神から出ているのです。神は、キリストによって、私たちをご自分と和解させ、また和解の務めを私たちに与えてくださいました。」

主は礼拝の中に大きな恵みと祝福をおいておられます。真の礼拝者として、主なる神様の前に出ていこうではありませんか。主に触れられて神の光を反射していく者となっていきましょう。

2009年8月29日更新

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