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「いつもイエス様のもとにくる」

- 2009年10月25日 -

講師:水野明廣牧師
聖書箇所:マタイ11章25節〜30節

「その時、イエスはこう言われた。「天地の主であられる父よ。あなたをほめたたえます。これらのことを、賢い者や知恵のある者には隠して、幼子たちにあらわしてくださいました。そうです、父よ。これがみこころにかなったことでした。すべてのものがわたしの父から、わたしに渡されています。それで、父のほかには、子を知る者がなく、子と、子が父を知らせようと心に定めた人のほかは、だれも父を知る者がありません。すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたをやすませてあげます。わたしは心やさしく、へりくだっているから、あなたがたもわたしをくびきを負ってわたしから学びなさい。そうすればたましいに安らぎが来ます。わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからです。」

 当時のパリサイ人、宗教家はイエス様を受け入れませんでした。みなさんがイエス様のところに来れたのは、イエス様が引き寄せられたからです。わたしたちクリスチャンの中には、神に選ばれたというすばらしさをわからない人もいます。イエス様を主と告白するのも、神に愛されていることのすばらしさをわかるためにも、聖霊様の助けが必要です。本当のクリスチャン生活の祝福はどんな時、どんな場所でも主を認めて主を幼子のような心で信じていくことです。

 素直に単純に本当に信じ込むことができるのが幼子の特徴です。へりくだればへりくだるほど、神の恵みが見えてきます。

●「いとたかくあがめられ、永遠の住まいに住み、その名を聖ととなえられる方がこう仰せられる。わたしは、高く聖なるところに住み、心くだかれて、へりくだった人とともに住む。へりくだった人の霊を生かし、くだかれた人の心を生かすためである。」 イザヤ57章15節

 私たちの主は上から目線で、「お前はなっていない、だめだ、これもできていない、また繰り返している・・・」と私たちを責めたり見放し、見捨てることはなさいません。むしろ心の思いを全部わかってくださるお方です。

●「わたしたちの大祭司は、わたしたちの弱さに同情できないかたではありません。罪は犯されませんでしたが、すべての点で、わたしたちと同じように、試みにあわれたのです。」 ヘブル4章15節

 ダビデは主を愛し、主を喜び楽しんだ人です。「私は神に喜ばれて愛されているのだから堂々と生きることができる」と言っています。

●「こうしてあなたは、御救いの盾を私にくださいました。あなたの右の手は私をささえ、あなたの謙遜は、私を大きくされます。」 詩篇18章35節

 イエス様を信じて恵まれた豊かな人生だと現実に心の底から言える人は幸いです。しかしそうならないのはなぜでしょうか。悪い霊が働いているからです。私たちの気力を奪い、脅し、責め、内輪もめをさせる様々な攻撃があります。

●「しかし、御霊が明らかに言われるように、後の時代になるとある人たちは惑わす霊と悪霊の教えとに心奪われ、信仰から離れるようになります。」 テモテT4章1節

 イエス様はわたしの言葉につながり(くびきを負う)生きていけば安心なんだよと言われます。私は息を引き取る最後の時にも、主と共に歩む人生に本物の平安があることを見てきました。もっと主を意識して積極的に生きてください。主は共におられますから。主にあなたの悩み、心配、思い煩いを負っていただいて主からの癒し、解放、満たしがみなさまお一人お一人にありますように祈ります。主の目的が果たされますようにお祈りします。

2009年11月1日更新

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