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「恵まれた幸いな人はL」

- 2010年11月14日 -

講師:水野 明廣 牧師
聖書箇所: エペソ1:4

●エペソ1:4
「すなわち、神は私たちを世界の基の置かれる前からキリストのうちに選び、御前で聖く、傷のない者にしようとされました。」
●へブル12:14
「すべての人との平和を追い求め、また、聖められることを追い求めなさい。聖くなければ、主を見ることはできません。


 
 この世に生きている私たちクリスチャンが、神様に選ばれた者なのだということを知って、その選びがどれだけ恵まれたものかを知るなら、それはそれは恵まれたクリスチャン生活を送る事が出来るだろうなと私は思います。全知全能であり天地万物をお創りになったお方が、一方的に選んでくださったという驚くべき事の前に、私たちは発する言葉もないほどではありませんか。

 それも適当に選ばれたのではなく、神様は愛をもってあなたを愛したくて選ばれたのです。この選びと愛の二つの言葉が私たちにしっかりとどまり、自分のものとなっているなら、ちょっとやそっとの迫害をも、ものともぜずに、強く立つ事ができるのです。パウロはその事を知って、それを自分のものとすることができたので、確信を持って全ての手紙に神に選ばれた人、神に愛された人と書く事が出来たのでしょう。この二つが私たちのものとなるよういつも祈りましょう。

 さて、選ばれ、愛されている皆さんが幸いな人生を送るために、主が願っておられる事は何でしょう。それは汚れを捨て聖い心で、平和な人生を送って欲しいということです。たとえどんな問題が起こっても、人々がどのような目で口で行動で迫害するようなことがあっても、神様は全てを見、聞き、知っておられるのですから、選ばれ愛されている者らしく怒らずすべての人に対して平和であって欲しいと願っておられます。これは私たちが恵まれた平和な人生を送るための処方箋です。
 
 次に聖さを追い求めて欲しいということです。

●Tペテロ1:15「あなた方を召してくださった聖なる方にならって、あなたがた自身も、あらゆる行いにおいて聖なるものとされなさい。」

 神は聖なるお方、天国は聖なる所です。この聖なるお方に選ばれ、イエスキリストの贖いによって聖なる者とされたのですから、これから聖い生き方をしなさい、とパウロは言っています。神様が一番忌み嫌われる罪は、自慢する事、誇り高ぶり、人を差別し、見下す事です。

 神様は誰をも誇らせないために、この世の愚かな者、弱い者を選ばれ、取るに足りない者や見下されている者を選ばれ、あるものをない者のようにするため、無に等しいものを選ばれたのです。ですから何か素晴らしい事ができたら、それが自分の力ではなく御霊の助け、恵みによって神様がなしてくださったと知ることができ、神様に感謝することが出来るのです。そういう謙遜な人こそ神様が望んでおられる人です。

 また、私たちは聖霊の宮です。身体は主のものです。それゆえ性的罪を神は非常に忌み嫌われます。

●Tテサロニケ4:3,4「神のみこころは、あなたがたが聖くなることです。あなたがたは不品行を避け、各自わきまえて、自分のからだを、聖く、また尊く保ち、」

 とあるように 聖さの中にいなければ、神を見、神を知ることはできません。この世と調子を合わせず、神の子として聖く生きてください。神様は愛し選んだ者達を聖い傷のない者としたいと願っておられるのです。

Uテモテ2:21にこうあります。
「ですから、だれでも自分自身を聖めて、これらの事を離れるなら、その人は尊い事に使われる器となります。すなわち、聖められたもの、主人にとって有益なもの、あらゆる良いわざに間に合うものとなるのです。」

 と、自分の意思で悪から離れてください。罪や汚れはくっついて来ます。雑草の中を歩くとくっつく草の種のように払ってもなかなか取れません。「まつわりつく罪を捨てなさい。」とあります。かなぐり捨てて、聖さを追い求めてください。

●テトス2:14「キリストが私たちのためにご自身をささげられたのは、私たちをすべての不法から贖い出し、良いわざに熱心なご自分の民を、ご自分のために聖めるためでした。」

 聖められる本当の意味は神のものとされるためです。神は聖であられるので、聖でありなさい。イエス様のものになり切ることが究極的な聖さです。そして全てを主の為にして下さい。

2010年11月18日更新

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