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「感動のクリスチャン信仰シリーズB」

- 2013年2月3日 -

講師:水野 明廣 師
聖書箇所:ローマ人への手紙1:13

 「兄弟たち。ぜひ知っておいていただきたい。私はあなたがたの中でも、ほかの国の人々の中で得たと同じように、いくらかの実を得ようと思って、何度もあなたがたのところに行こうとしたのですが、今なお妨げられているのです。」

 パウロは罪人である自分が主の働きに召されたという事に大きな感動を受けて各地に福音を伝えていました。その中で彼の心の中にはローマへ行って福音を伝えたいという願いがありました。しかし、この箇所を読むとそれが妨げられていると書かれています。今日は妨げに挫けないというテーマについてお話ししたいと思っています。私たちも良い願いを持ちながらその願いが妨げられる事があります。そのような事があっても決して挫けないで欲しいのです。アブラハムはあなたの生まれ故郷を出て行くなら祝福となると神様から約束をいただきました(創世記12:1〜3)。しかし、彼が出て行ってすぐその約束が彼の上に成就したわけではありませんでした。アブラハムは様々な事を経験して神様に信頼することを学び、そして約束された祝福を受け取りました。

 イサクの生涯を見ても、彼も妨げに決して屈しなかった人であることが分かります。彼の人生は井戸を掘る人生でした。この時代において、井戸は生きていくために必要不可欠なものでした。イサクは何度も井戸を掘りましたがその度に妨げが来るとうい経験をしました。しかし、彼は決してあきらめずに井戸を掘り続けついに自分たちの井戸を手に入れたのです(創世記26:22)。

 このような妨げの中で、私たちが決して最後まで挫けないために必要な3つのポイントを紹介したいと思います

1.祝福の信仰を持つ

●悪をもって悪に報いず、侮辱をもって侮辱に報いず、かえって祝福を与えなさい。あなたがたは祝福を受け継ぐために召されたのだからです。(1ペテロ3:9)

 私たちは祝福を受け継ぐために召されました。アブラハムは大変な所を通りながらも最後にはいつも祝福を受けていきました。だから神様が彼に一人息子であるイサクを捧げなさいと言われたときも神が必ずイサクを返して下さるという確信を持っていたのです。私たちはこのように祝福を受け継ぐために召されたという確信の信仰を持つ必要があります。

2.祝福の言葉を使う
 私たちが祝福の信仰を持っていたとしても、私たちの口が否定的なことを話していてはもったいないです。私たちが神の御言葉を告白する時、その告白を神が実現してくださいます。

3.主が共におられるように振舞う
 ヨセフは牢獄の中に入れられても主が共におられたので祝福されました(創世記39:23)。

 ヨセフがポティファルの妻から毎日誘惑を受けたように(創世記39:10)、私たちをこわそうとする力は毎日襲って来ます。だから私たちは祝福の信仰を持ち続ける事が必要なのです。神様はもっとも良いときに働いてくださいます。だからすぐに願いが叶わない、妨げがあるからといってあきらめないで下さい。神様の約束は全て私たちに忍耐を要求するものだからです。皆さんがさらに主に依り頼む者となって下さることを願います。

2013年2月9日更新

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