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「感動のクリスチャン信仰生活シリーズJ」

- 2013年3月31日 -

講師:水野 明廣 師
聖書箇所:ヨハネ20:19-22

 「その日、すなわち週の初めの日の夕方のことであった。弟子たちがいた所では、ユダヤ人を恐れて戸がしめてあったが、イエスが来られ、彼らの中に立って言われた    。「平安があなたがたにあるように。」こう言ってイエスは、その手とわき腹を彼らに示された。弟子たちは、主を見て喜んだ。イエスはもう一度、彼らに言われた。「平安があなた方にあるように。父がわたしを遣わしたように、わたしもあなたがたを遣わします。」そして、こう言われると、彼らに息を吹きかけて言われた。「聖霊を受けなさい。」」

 今日は「神様の驚きの逆転」と題しお話したいと思います。この御言葉はイエス様が復活された後に、ユダヤ人指導者たちを恐れて集まっていた弟子たちに語られたものです。イエス様が生きておられる時には、驚くべき奇跡としるしと不思議をみることができたので弟子たちには感動がありました。またイエス様は、自分達を生かして下さる方だと思っていましたので期待していました。ですがイエス様が捕らえられ辱めを受けられて死んでしまわれてからの弟子達は、挫折感や悲しみや苦しみや恐れでいっぱいでした。イエス様はそんな弟子達の前に栄光の体で現れて下さったのです。弟子達は、イエス様がよみがえられたという素晴らしい知らせをうけても、なかなか信じることができませんでしたが、復活されたイエス様にお会いできた事よって初めて信じることができました。悲しみが喜びに変わった瞬間です。イエス様が死を打ち破り復活されたことによって驚きの逆転が起きたのです。

●なぜなら、神によって生まれた者はみな、世に勝つからです。私たちの信仰、これこそ、世に打ち勝った勝利です。(Iヨハネ5:4)

●なぜなら、聖書にはこう書いてあるからです。「見よ。わたしはシオンに、選ばれた石、尊い礎石を置く。彼に信頼する者は、決して失望させられることがない。」(Iペテロ2:6) 

●まことに、御怒りはつかの間、いのちは恩寵のうちにある。夕暮れには涙が宿っても、朝明けには喜びの叫びがある。(詩篇 30:5)

●彼らは涙の谷を過ぎるときも、そこを泉のわく所とします。初めの雨もまたそこを祝福でおおいます。(詩篇 84:6)

 
 このようにクリスチャンの方達には、世の中に負けているようであっても勝利していくという驚きの逆転が起きるのです。「主にあっての悲しみは、悲しみだけで終わることはない。まるで見捨てられて怒りにふれたように思える時があってもそれは束の間で、朝には喜びの叫びがやってきます」と書かれています。逆転勝利させて下さるとおっしゃっておられるのです。

 イエス様が弟子達に最初にかけられた御言葉は「平安があなた方にあるように」でした。平安を得るために、私達が自分の力で自分を変えていこうとすることは間違っているわけではありません。けれども私達の人生を根底から変えることができるのはイエス様だけなのです。本当の平安を得るには「平和の君」であるイエス様にお会いする事です。またイエス様が私の罪のために身代わりとなって罪の呪いと刑罰を受けて死んで下さり、死を打ち破られてよみがえられたことを信じることです。イエス様が救い主であることを信じることです。イエス様が共にいて下さるという現実を何度も体験することです。何度も体験することによって平安は強くなっていきます。 

 イエス様が共に生きておられることを現実のものとして生活していくと、3つのことが起きます。
 
@喜んで生きていけます。
 私達には日々、色々な問題や不安や悲しみなどが押し寄せてきますが、人には奪うことのできない喜びに満たされた生活をしていくことができるようになるのです。

A恐れに支配されません。
 人間には死の恐怖がやってくると書かれていますが、イエス様は死に打ち勝って死の恐怖を取り除いて下さいました。ですからイエス様が救い主である事を信じるならば恐怖におののいて恐怖にとらわれたままでいる必要はないのです。復活されたイエス様が共におられるので平安があります。

B生甲斐を持つことができます。
 信仰の父であるアブラハムはいつも天の都を仰ぎ見ていました。イエス様と共に生きている方達の本当の住まいは天にあります。何のために生きているのか生きる目的が分からない、どこから来てどこへ行くのか行き先が分からないという思いはなくなり、堂々と生きていけるようになります。

●これらの人々はみな、信仰の人々として死にました。約束のものを手に入れることはありませんでしたがはるかにそれを見て喜び迎え、地上では旅人であり寄留者であることを告白していたのです。(ヘブル11:13)

●心の貧しい者は幸いです。天の御国はその人のものだからです。(マタイ5:3)


十字架のことばは、滅びに至る人々には愚かであっても、救いを受けるわたしたちには、神の力です。(Iコリント1:18)
 
 イエス様を信じるだけで救われる。これが福音です。なぜ信じるだけで救われるのでしょうか。それは誰にも誇らせないためです。天の御国に入れるのも、永遠の命をもてるのも、みな神様の愛と恵によるのです。聖霊様の御助けにより周りの方々にこの福音をお伝えすることができますように、また多くの課題をかかえて悩んでいる方や不安の中にいる方々のために神様の赦しを宣言し人々が解放されるために、一人でも多くの方が祝福されるために私達を用いて下さい。

 イエス様と共に生きることが実生活の中でもっと現わされますように。もっとイエス様を求めて素晴らしさを味わい知ることができますように。毎日を大切にして感謝と喜びの中に生きられますように。イエス様の御名によってお祈りいたします。

2013年4月14日更新

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