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「彼の打ち傷によって」

- 2016年2月28日 -

講師:大矢 頭 師
聖書箇所 イザヤ書 53:5

「しかし、彼は、私たちのそむきの罪のために刺し通され、私たちの咎のために砕かれた。彼への懲らしめが私たちに平安をもたらし、彼の打ち傷によって、私たちはいやされた。」

 1つ、ご質問があります。
「聖書の中にみなさんの人生が書かれていると思いますか?」

 今日の御言葉の前後の構成はこのようになっています。
・イザヤ書52:1〜12        破壊されたエルサレムの回復について
・イザヤ書52:13〜53章終わりまで しもべ(イエス様)の受難に関する預言
・イザヤ書54章          破壊されたエルサレムの回復について
 当時の人々にとって、まだ滅ぼされていないエルサレムが「滅ぼされても回復される」と預言されることは実感が無かったかもしれません。しかし、今になってみると預言が1つ1つ成就していることがはっきりとしています。壊されたものが回復される預言の真っ只中に、メシアに関する預言が挟まれていました。
回復のための鍵は、イエス様の十字架にあります。

 今日の聖書箇所として見ていただきたい御言葉がもう一ヶ所あります。

●「そして自分から十字架の上で、私たちの罪をその身に負われました。それは、私たちが罪を離れ、義のために生きるためです。キリストの打ち傷のゆえに、あなたがたは、いやされたのです。あなたがたは、羊のようにさまよっていましたが、今は、自分のたましいの牧者であり監督者である方のもとに帰ったのです。」(1ペテロ 2:24-25)

 ペテロは当初、自分の感じたことをそのまま言って、そのまま行動する人でした。しかし、イエス様の十字架の出来事の後、彼は変わりました。ペテロは「自分の感性で語る人」から「聖書に書かれた御言葉に基づいて語る人」となりました。ペテロの信仰も一度は廃墟のように壊れましたが、十字架上の出来事と復活のイエス様との40日間の生活を通して、回復されました。

ペテロ第一の手紙はトルコに住んでいるクリスチャンたちに宛てて書かれています。この手紙を受け取った人々は、社会的弱者の立場にある方々でした。

●「しもべたちよ。尊敬の心を込めて主人に服従しなさい。善良で優しい主人に対してだけでなく、横暴な主人に対しても従いなさい。」(1ペテロ2:18)

 「しもべ」とは「奴隷」のことです。当時の奴隷は主人に買われた所有物で、主人の家に住み込んでいました。たとえ、横暴な主人であっても、日々、つらい仕打ちに遭っていても、自分の意思で主人のもとを去ることは出来ませんでした。

 また、当時の奴隷の50%が孤児であったとも言われています。自分のアイデンティティーのよりどころが無い人々です。
そのような人々に対して、ペテロはこの手紙で語りかけています。
「今のこの状況は恵みである」
「あなたの遭っているつらい状況は、イエス様が十字架で体験したことと同じだ。イエス様の打ち傷によってあなたがたはいやされた」
「あなたがたは羊のように迷っている存在ではない。あなたのよりどころは地上のものではない。あなたがたのアイデンティティーは天におられる父のところにある」と。

 イエス様が私達の癒し、救いとなってくださるしるしは、イエス・キリストの「打ち傷」です。イエス様は十字架の出来事を通して、肉体的に精神的にもこれ以上は無いほどの苦しみ、痛みを体験されました。イエス様の体験されたことが私達の苦難と同じであればあるほど、私達は癒されます。また、キリストと同じようになる人はキリストと同じように栄光を受けます。

 私達の人生が最悪の状況であったとしても、イエス・キリストが共におられるなら、私達の人生も回復されるのです。私達が苦難の中を通って行く時、出来事や境遇ではなく、横で同じ苦しみを背負っておられるイエス様に注目するようにしましょう。

 私達の人生で起きている出来事の1つ1つを御言葉に基づいて見るようにしましょう。私達の人生は聖書の中に書かれています。

 自分の状況をイエス様の状況、生涯と重ね合わせながら、キリストと共に歩んで行きましょう。
十字架を私のものとしてイエス様の子供として生きる、それこそが私達の人生です。

2016年3月12日更新

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