「イースターからイイスタートを!」

  

 「やっと出所ですね! さぁ、もう自由に外出できますネ! おめでとう!」
 背に暖かい言葉のシャワーを一斉に浴びながら、久しぶりの外気を思いっ切り吸い込んだ。
 「やっぱり、外の空気は格別だぁ!」
 身体全体で春らしい日光を感じ、やわらかい風の香りを覚えた。出迎えの妻が「おつとめ、ごっくろうさんでした!」と迎えてくれた。え? 刑務所からの出所? いいえ、病院からの退院のひとコマ。さらなる妻の言葉が「出所」の喜びに拍車をかける。
 「復活! 本当におめでとう! 」

あの日の医師の宣告

 こみ上げる想いの中、入院していた3階の部屋の窓を見上げると同時に、あの日の神妙な医師の顔が最新式デジカメも顔負けのごとく鮮明に脳内スクリーンに映し出された。医師は、小声ながら威厳に満ちた声で、「これは先年、日本中を震撼させたあの病原菌にま・ち・が・い・ない!」と。
  何とこの菌で、多くの人、特にお年寄りや子供たちが何人も命を落としたという。幸い、この「お年寄り」という言葉で、私は少し持ち直した(注:著者本人は中年であって、まだその仲間ではないと主張中)。しかし、医師は「体力的に危なくなっているあなたは危険です。この後、保健所の検査を経てどう処置するか決めさせていただきます」と続ける。(あぁ、とうとうごみの処理みたいに言われちゃったよ・・・。)日頃、「どんなときにも賛美! 逆境のときこそ感謝!」と寝言でも説教しているあのToshi牧師が、この宣告のときばかりはちょっとどこかへご出張中のようだった。
 頭の中の自分が「危」、「死」、「菌」などの文字の樹海を漂っていた。負けてたまるか、と立ち上がりかけたそのとき、保健所の検査結果が・・・。別室に呼び出された私たち夫婦に告げられたのは、「陽性です。残念ながら正式な病原菌でした。よって直ちにご主人を隔離させていただきます」だった。
 「え、隔離?!」(心も、ガクリ、なんて冗談も考え付かない緊急事態発生!)
 まだ「まさか」という思いだけが、リングのコーナーにへばりついて頑張っている。一方、事態を冷静に受け止めた妻は、隔離の個室への引越しにかかった。「女性はお強い!」と思ったり、「もしかして保険なんぞに・・・」と、緊急時ほど最大限に働き者になる攻撃的・懐疑的思考脳コンピューターである。

復活の喜び

  ところで、入院初日から続いていた尋常でない痛み、絶食の辛さは、今まで味わったことのないものだった。それだけに、お世話になった菌にも完全にさよならを告げ、春の日差し越しに投げかけられた「復活、おめでとう!」の弾んだ声は、今までの「暗黒菌」をもすべて吹き飛ばしてくれる最高のプレゼントだった。
  これは復活は復活でも、私個人の回復の小さな小さな一物語。でも、世界の歴史の中での最高で唯一の復活劇、それがイースターである。これは救い主イエス・キリストの復活を祝う「復活祭」のこと。キリストは、十字架において私たちの罪の身代わりとしてご自分の命を投げ出され、そればかりではなく、私たちが全く新しい生き方を実現するために、新しい命まで与えてくださった。つまり、罪がもたらす死の力を打ち破り、神の御子イエス・キリストみずからがその復活の力を証明された。そのイースターの出来事によって、「もっとも高いハードル=死」が人生の終着駅ではなく、それを超えた「希望」があることを、私たちは知る。
  新しい息吹が芽生えだすこの春の代名詞とも言われるイースターを知り、新しい息吹に力をいただいて、あなたもイイスタートを!   
  イースターおめでとうございます! 

イースターの聖書の御言葉
 
イエスは言われた。「わたしは、よみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は、死んでも生きるのです。」 (ヨハネによる福音書 11章25節)


 

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