「 このご恩は決して!」
 

ある朝の一大事件

 「美味しいね、このグレープフルーツ!」 
  「そうね、カナダでこんなにフレッシュ・・・・・・ア、アッ!」 
クリスマスを目前にしたその朝の突然の事態に、妻の顔を覗き込んだ。
  「ど、どうした?」
きまり悪そうな彼女の顔、そしてひとこと。
  「サシバ!」
  「え、サシバって君の差し歯か!折れたの?」
うなずく彼女。条件反射的に瞬時に生産される私の冷たい宣告、「いやしん坊! しかも早く食べ過ぎるからダ・・・!」という言葉をググッと飲み込んで、彼女の答えを待つ。
  「どうも種を噛んで折れてしまったみたい。」
  「種まで愛してしまって、困っタネ!」なんて寒いジョーク、この非常時に言えないし、彼女もそれどころではないようだ。
  折れたのは、真正面の上の歯。これは絵になるゾ! と、デジカメに手をかけようとする誘惑もよぎったが、(もしその実行犯にでもなったら、「実家に帰らせていただきます!」と強行採決ならぬ、強行妻決されかねない)「接着剤でくっつくかな? それとも・・・」などと、その朝は大騒ぎ。騒ぎに取り残された目玉焼きだけが、寂しそうに渦中の私たちを見つめ、BGMに流していたにぎやかなクリスマスソングがその騒ぎにいっそうの拍車をかけていた。

歯医者へ・・・

  私たちの非常時に必ずご登場願うドラえもん的存在のお方(念のため、ご本人は正真正銘の紳士)にSOSの電話を入れてみると、歯医者行きを提案してくださり、通訳のために同行してくださるということになった。
  しかしながら、よく考えてみると、まだカナダに来たばかりで、保険にも入っていないし、しかも、歯の保険は、日本と違って別口で入らなければならないことも聞いたことがある。 通訳者ご夫妻に聞いてみると、カナダの歯医者はかなり高額で、口を「あ〜ん」と開けただけでもびっくりするくらいの治療費を請求されることもあるという深刻な事実を告げてくださった。それでも、祈って出掛けよう! ということになった。妻が笑うたびに吹き出してしまっては、夫婦関係のサシバ? も折れてしまうし・・・。 
  初めての歯医者。頭の中では、請求された治療費に卒倒する自分の哀れな映像がオンエアー。治療室に向かう妻と通訳者を見送ってソファーに腰を下ろすが、落ち着かない。治療器具の金属音が、先ほどの映像をより鮮明にしてゆく。
  治療室では、通訳者が懸命に、「この婦人は牧師の奥さんで、ついこの前、日本から・・・」と、熱のこもった解説をしてくださっていた。ふと、医者が通訳者に質問した。「ところで、あなたはさっきから患者さんと反対向きになって話しているけど、どこか調子でも?」と。通訳者いわく、「この奥さんに、『絶対に私の治療中の顔を見ないでください!』と言われたんです」。どこかのB級ホラー映画のようなお告げ、でも、彼はそれを忠実に守り、無事に差し歯の応急処置がなされた。

メリークリスマス!?

  妻のスマイルをまともに見られる感動もそこそこに、支払いのためにカウンターに向かった。後がない武蔵の心境、まさに手にはクレジットカードと小切手の二刀流。そのとき、スマイルを白衣で包んだような受付嬢から優しく投げかけられたことばは、「メリークリスマス!」
  私、「え、はい、そう、メリークリスマス! ね!(少し早いけど)」緊張でこの季節のことばがどこかへ出張中だった。しかも、牧師なのに・・・と反省しつつ、「で、支払いをしたいのですが・・・」と、自分を現実に戻しつつ、ひきつった笑顔で質問する。すると、「メリークリスマス」とスマイルさん。「ですから、はい、メリークリス・・・」と、私。
  エンドレス会話に終止符を打つべく、通訳者が再登場。
  「つまり、Free、タダ、特別料金、あなたがたにメリークリスマスっていうことですよ!」
  「エエェ〜ッ!? そんなぁ!!」・・・・緊張から緩和へ、そして喜びの爆発へ。このミラクルと歯医者さんへのサンキューの連発がしばらく続いた。私も、そしてあのお告げを解かれた通訳者も、歯科医院を喜んで出る妻のミラクルサシバがキラリと輝いたのをしっかりと見届けた。
  歯医者さん、それから忠実な通訳者さん、このご恩は決して決して忘れません!!
 
お役立ち聖書の言葉
 
「主は私の羊飼い。私は、乏しいことがありません。」(詩篇23篇1節)

 
 

 一覧  前へ 次へ