「 日本の常識、カナダの非常識」

  

The 常識 In Japan

  「残念ですが、かなりお時間も経っておりますし、手前どもではお取り扱いできません。」
  笑顔の中にも毅然とした態度で、店員による最後通告が宣言された。数年前の日本のある電化製品店での1シーンである。ダメモトで行ってみたものの、やはり予期していた通りの結果となった。手元に寂しく戻された品をしげしげと見つめながら、
  「やはり取り替えてもらうのに、保証書も領収書もないんではなぁ!」
  ため息交じりの声も店内放送の騒々しさの中に飲み込まれてしまった。

ある日の出来事 In Canada

 カナダへ来て数ヶ月が経ったある日のこと。「ちょっとお店まで出掛けてきます」と言う妻。その手には、今から出掛けようとする店で数ヶ月前に買った商品が握られていた。それを包んでいた紙は勿論現存せず、箱はお世辞にも丁寧とはいえない開けられ方をされ、その商品を再度陳列棚に戻すことはあり得ないのが容易に想像できた。
 実は、その中身と買い主の妻とのご対面は、購入後かなり経ってから。包装紙を開けての対面第一声は「これ何よ! 間違えちゃった!」で、そのうちに交換してくるとの約束の言葉を最後に、棚の上のほうに寂しく取り残されたままであった。
 それは、数ヶ月忘れ去られていたが、台所の掃除中に、妻との念願の再会を実現した次第であった。
 「あ、これ交換してくるの忘れてた!」
 「いったい、いつの・・・? それに、領収書なんかもうないだろ?!」と私。 
 「大丈夫、大丈夫、何とかなるから!」と、最近考え方も体型もやけに大陸的になってきた妻。私の常識センサーが声を1オクターブ上げさせ、諭すような口調になって、
  「あのね、たとえ保証があっても、もうかなり経っていて、おまけに領収証とかその店で買ったという証拠も何もないっ! そしてその壊れたような箱! 考えても見なさい! 恥をかくだけだよ!!」
 「大丈夫、大丈夫、何とかなるから!」と再び大陸型の妻。
 留守電のような同じ答えに、体内のアドレナリンが脳内スクリーンに良からぬ想像絵巻を映し出す。それは・・・ 店からうなだれて帰ってくる妻の姿と、手に戻された商品がオーバーラップ気味にスクリーンに映し出される。反省を込めた沈んだ声で「あなたの言った『常識』の通りでした。素直に聞くべきでした。ホントにごめんなさいっ!」・・・即、私の勝利に満ちた顔がスクリーンにアップされる。「ガハハハ、なんのなんの、誰にも思い込みはあるさ! ユルス! ゆるす!」・・・。

No Problem !!

 30分後、「ただいまぁ!」
 想像の世界に浸っている亭主を現実に引き戻すに充分な妻の生き生きとした弾んだ声。・・・ん、かなり様子が違う。
 「やはり、だめだったろう?!」
 期待(?)を込めた私の声は早くも自信を失っている。
 「ぜ〜んぜん。店員さん、"NO PROBLEM !!"って言って笑顔で新品と替えてくれたよ!!」
 「いや、そんなはずが・・・。ホントに領収証とかいろいろ要らなかった? お金払ったんじゃない? ・・・ホントに本当?」
 「ぜ〜んぜん。ほら、この通り。」
 戦利品のごとく目の前に証拠物件をどアップに出されては、「常識人」(と思っていた)私は白旗を揚げるしかない。
 「いや〜、参った。日本の常識も、ここでは通じないんだね。いや〜悪かった!! ゴメン、ごめん!! あんたが正しかった!!」
 「いいえェ、いいえェ、誰にも思い込みはありますからねぇ〜!!ユルス! ゆるす!」
 何でも包み込んでくれる寛大なカナダの大陸を垣間見たような「非常識」事件でした。
 
お役立ち聖書の言葉
 
「正しい者の望みは喜びであり、悪者の期待は消えうせる。」 (箴言10章28節)

 

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