〜絶体絶命 !!

 

ある夕刻の一大事件

  渾身の力を振り絞って何度も押してみたが、動かざること、ロッキーの山の如し。真冬の一月にもかかわらず額から流れ落ちる汗は、「無駄な努力だよ! 」とあざ笑うかのように雪面に落ちて、この状況をもたらした雪たちと固く結び合ってゆく。
  もう一人の自分が背後から厳しく問い詰める。「なんで寄り道なんかしたんだ? 」「こんな夕方の、しかも真冬、こんな山の道、誰が通って助けると思ってるんだ? 」「奥さんが日本に帰国中だからと言って、少し羽目をはずし過ぎだと思わんのか? 」「携帯電話も持たずに・・・全く! 」
  びくともしない物体越しに見える道路に自分の通って来たタイヤ跡が見える。ほんの10数分前、生まれて初めての素晴らしい体験をしていた。この地のスケーター達にとっては何でもないことだが、南国育ちの自分にはまれに見る貴重なひとときだった。
  バンフの教会での仕事の帰り、いつもならまっすぐに隣町キャンモアに帰るのだが、妻が一時帰国中(筆者註:夫婦関係はいたって平和! )のこともあって、背中に延びきった羽根? をつくろいながら、「よし、今日はひとつ、氷で覆われたジョンソン・レイクでも見て来よう」と、傾きかけた太陽を気にしながらも、目的地に向かった。
  ミネワンカ湖方面への道は閉鎖されていたので、いつもとは逆方向周りで快適な走りが続く。さすがに夕方は道行く車がほとんどなく、大自然の静寂を壊して走ることが申し分けないようにさえ思えてくる。
  思ったより早めに目的地に到着した。一台も先客がいない。駐車位置を示す線を無視して停まるこの小さな快感。そして、湖のほうに目を移すと、そこは静寂を絵に描いたような白一色の世界。夏のにぎやかな光景を覚えているだけに、この正反対のシーンには吸い込まれるような感動を覚えた。湖面を見ると多くの足跡があったので、自分も一歩二歩と慎重に踏み入れて行った。
  どれくらい岸から離れたであろうか。湖のほぼ中心と思われるところに立ち、耳をすます。自分の息遣いだけが聞こえる。あの夏の日、岸から眺めていたところに立っている自分。例えようもない興奮が湧いてきた。この感動をカメラにと、フアインダーを覗く。ほどなくして、周りに全く足跡がないのに気づくのと、震えだした足が向きを帰路に変えるのが同時だった。車までの距離が異常に長く感じられた。凍てついた湖面を一気に陸地を目指して走り抜けた。感動と恐怖が交錯する中、帰り道を急いだ。

「寄り道病」再発

  途中、息を呑むような美しい山と夕日のコントラストが再び「寄り道病」に誘いをかけた。
  「こんな景色には二度と出会えない! 」自然とブレーキを踏み、雪溜まりのある路肩に車を停めた。車の重みで少し車体が傾いたように思えた。しかし、気にせずに車を降り、もっぱら写真の出来上がりを想像しながら撮り続けた。
  いよいよ傾く夕日を背にして車に乗り込み、道路に戻そうとした。タイヤが空回りする。さらに勢いよくアクセルを踏むが、その勢いの良い音とは反対に雪の中に沈み込んでゆく。
「これは現実・・・落ち着け」自分に言い聞かせ、タイヤの下にマットや岩などを置いて試してみたが、全く動かない。外に出て懸命に押してみたが、山と相撲をとっているようで微動だにしない。
  「こんなとき、冷静に状況を把握するんだ」と、再び頭の中で整理を始める。「夕方・・・真冬・・・携帯なし」何と遭難3拍子が見事に揃っている。先程の肉体労働で流れていた汗が今度は冷や汗に変わった。持久戦で翌朝まで待てば誰かが通るかも・・・。しかし、車内で暖をとりつつ過ごすには燃料も少ないし、とハンドルにしがみつきながら策を練っていると、自分が日曜毎に教会で語っている言葉が迫ってきた・・・「四方八方が塞がれたとき、天が空いてるではないですか、助けはそこから・・・」と。そして、必死の思いで祈り始めたそのとき、“歴史は動いた”・・・は大げさでしょうか。いいえ、私にとっては絶体絶命だったのですから・・・。

あれはビッグなカナダ人天使!?

  車が通るはずもない夕暮れ、バンフ方面からの一台の車の眩しいばかりの光が見えた。まさか、と疑う間もなく私の車の近くに急停車。ドライバーが急いで降りてきて「助けが必要か? 」と大声で聞いた。大柄なカナダ人だった。ことの状況を察知してくれた彼は同乗者に応援を頼んだ。車は小型のマイクロバスで、そこからホッケー選手のようなビッグなカナダ人男性10名が袖をまくりながら笑顔で降りてきた。
  「One、Two、Three―」白みかけた山々を轟かすような大きな掛け声がこだました。山のように動かなかった車が、軽石にでもなったかのように、大男たちにひょいと道路につまみ出された。
  「じゃ、気をつけて! 」彼らは、ただそれだけの言葉を置き土産に山の奥のほうへ走り去って行った。何とかっこいい去り方!! あまりのうれしさに、感謝の言葉も出ず、呆然と見送った。きっと、彼らはビッグなカナダ人天使だったんだろう。今度会ったら、しっかりとお礼を言いたい。彼らの走り去った後を季節はずれのなんとも爽やかな心地よい夜風が追い駆けて行った。

お役立ち聖書の言葉
 「この貧しい人が呼び求める声を主は聞き、苦難から常に救ってくださった。」       
(新共同訳聖書より 詩篇 34篇7節)

 

 
 

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