笑いと感謝を大切に・・・・・ 
 
 田舎で人生のほとんどを百姓をしながら一人暮らしをしていたおばあさん。ある日、大阪に嫁いでいる娘を訪ねて初めての一人旅。新幹線で新大阪駅に着いたおばあさん、ホームの柱に向かって「ウォー、ウォー」とうなりだした。駅員がかけつけて、「おばあさん、どうしたんですか、大丈夫ですか?」と心配そうにたずねた。おばあさんは柱の貼り紙を指差した。貼り紙に曰く、「あなたの生の声をお聞かせください。」

 入院中のベッドの中で痛んだお腹を押さえてほとばしり出そうな笑いを必死でこらえた記憶がある。友人の奥様が退屈しのぎにと、差し入れしてくださった本の中の一話である。続きがあった。
 「何でも冒険!」と元気なこのおばあさん、大阪駅付近で映画館を見つけた。切符を買うために列に並んだ。前の若者たちが「2枚ください」、係りが「学生さんね」と確認する。おばあさんの番が来た。何か身分を言う必要があると確信したこのおばあさん、一声凛々しく、「百姓一枚」
 
 近年、笑いやユーモァ、そして感謝する心など免疫機能を高めることが実証されつつある。例えば、こんな実験がなされた。学生たちを2グループに分け、一方にはコメディアンのビデオを観て大いに笑ってもらい、もう一方は静かな部屋でじっと座ってもらう。さて、それぞれの血液検査をした結果、笑ったグループでは免疫機能物質の増加とNK細胞(がん細胞やウイルスを破壊する)の数の著しい増加の報告がなされた。

 以前、ある新聞のコラムにこんな話題が載っていた。
 ある肌寒い日のこと。駅の女性用お手洗いは満員で、ただでもいらいらしそうな雰囲気。そのとき、順番が回ってきたひとりの和服姿の上品な婦人が、足踏みして並んでいる皆のほうを振り返り、一礼して言った。「お先に失礼致します。」きょとんとして聞いていた皆も、思わず頭を下げた。しばらくして出てきたこの婦人、「お待たせ致しました。ありがとうございました。」と感謝の気持ちを述べて、喧騒の街並みの中に消えていった。後に続く全員が順番に、「お先に失礼致します。」、「お待たせいたしました。ありがとうございました。」と挨拶を交わしたそうな・・・・とこんな記事であった。 

 この爽やかな「事件」は、そこに蔓延していたイライラムードを一掃し、暖かな感謝とSmileの連鎖反応を産み出したに違いない。

 Thanks Giving Day 『感謝祭』が、ここカナダでは10月の第二月曜日に、お隣のアメリカでは11月の第四木曜日にやってくる。起源は1623年に遡る。新大陸発見以降、多くのイギリス人(ピルグリム・ファーザーズ)がアメリカを目指すことになった。しかし、新しい土地で食物を育てるのに苦労した彼らはこの新しい土地では満足に食べられず伝染病や悪天候も重なり、ほとんどが死んでしまった。「自分たちの土地に無断で入り込んできた」と、怒り心頭だった現地人(ワンパノーアグ族)だったが、あまりにも悲惨なイギリス人たちに、トウモロコシやカボチャの育て方を教えてあげることになった。そして、ある実りの秋、今度はイギリス人たちが、感謝の気持ちからその現地人たちを食事に招き、そのときの食事は現在でも恒例の食べ物になっている。1623年に行われた最初の感謝祭は食事会というよりもむしろ教会で礼拝を行い、神に、収穫、健康、家族、友人などへの感謝が捧げられた。現地人のイライラが、同情心に、そしてやがて融和的協力へ。一方イギリス人も、感謝からその応答へと・・・・・感謝祭のその場は皆の感謝の笑顔で満ちていたはず。

 この感謝祭のひととき、この地球上の笑顔を絶やさない環境が守られることを、祈らずにはいられない。

 おっと、笑い、ユーモァについてのコラムがかなり真面目に終了してしまいそうです。ここは皆さんの免疫機能UPのために、サービスを。(以下、実は実話なんですけど・・・・)
 数年前、私は、コラム欄のネタを真剣に考えていた。ユーモァがテーマだった。我ながら強烈に面白いネタが見つかった。隣りで休んでいた妻が起き上がり、何か言っているが、ネタの品種改良に熱中する私の耳にはまさに右から左状態。妻が何かを言い終わったと同タイミングで、新種のネタが誕生した。その出来栄えに思わず出る私の渾身のVサインと笑い、それに雄叫び、『最高!!』

 私が聞き取れなかった、明日から単身帰国する妻のそのときのことばはこうだったそうな・・・。
「もし私に万が一のことが起こったら、どうする・・・?」 

ご参考までの聖書の言葉2つ
 『 神に感謝することは良いことです。』 (詩篇92篇1節)
 『すべての営みには時がある。・・・・・・嘆くのに時があり、踊るのに時がある。』(伝道者3章)


 

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