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New Column

 
  暗闇の世界から光の世界へ 

(イースター〔復活祭〕記念)

 ただいまーッ!」
 錦江湾(鹿児島湾)に悠然とたたずむ桜島に向かって、声を張り上げると、早春の爽やかなそよ風が潮の香りを含んで返って来た。

 文明の利器は、距離を感じさせないくらいの速さで、カルガリー空港から日本のセントレア(中部国際空港)へ、そして故郷、鹿児島へ容易に運んでくれた。昨日までのあのカナダの凍てつくような寒さがどうしても思い出せないくらいの陽気だ。

  子供の頃そのままの懐かしい山並みの新緑が、あの頃の好奇心に満ちた冒険心を呼び起こしてきた。
 「そうだ、あの洞窟は?」

 思いよりも早く、足のほうが先に幼き日の『宝物』に向かって動き出していった。
 目の前に展開する光景は、幼き日の光景とは随分かけ離れていた。子供の頃には目にも留まらなかった水彩画のような竹林のトンネルを抜けると、朽ちかけた廃材で身を隠すかのようにしてたたずんでいる『宝物』に遭遇した。当時小学3年生くらいだった私には、目の前に立ち塞がり、その中に入る者を頑なに拒んでいるどこまでも巨大なお化け屋敷にしか見えなかったものだ。こびりついたコケが昔日の面影をかろうじて残してはいるが、大人の背丈よりも少し高いその洞窟の入り口は、セメントによってしっかりと塞がれ、大切な想い出を封印しているかのように思えた。あの頃感じた鼓動が伝わってくるような気がして、冷たく硬い岩肌に手を当ててみた。遠くから、揺らめく木漏れ陽のためのBGMのように、今も変わらない間延びしたフェリーの汽笛の音が風に乗ってきた。頭の中のアルバムが目を覚ました。

 「おーい、良かかぁ、こん穴ん中ではぐれたらぁ、け死んどぉー!」(鹿児島弁で、「いいか、この穴の中で迷ったら死んでしまうぞ!」の意)

  小学校の仲間でも一目置いている上級生Mの実感のこもった太い声が洞窟の黒い岩肌にこだまする。洞窟探検初心者で仲間中最年少の私は、総勢13名の「おう!」という気合のことばに声を震わせながら合わせるしかなかった。ろうそくの灯で揺らめいて黒光りする岩陰にむかってつぶやいた。『妹と大人しく家でままごとでもしとけば良かった・・』

 それでも、敢えて懐中電灯などの文明の利器を使わないスリルに富んだサバイバル冒険は、好奇心旺盛の男の子にとって、プラモデルや漫画、ましてや、ままごと以上に魅力に満ちた存在だった。それで、「隊員募集」に飛びつき新兵として参戦した次第であった。

 再びMの毅然とした声があがった、今度は私個人に対してであった。
 「おい、わいが目をつぶっせぇ、太か声でゆっくい10まで数えろ、そげんしたらよう見ゆっごてなっど!ここでけ死んかぎぃおらべ!」(「目を閉じて大きい声で10まで数えろ、そうしたら良く見えるようになる!ここにいて死ぬ限りに叫べ!」

 か細いろうそくの灯に不安を感じていた私は、命令されるままぐっと目を閉じ、世界中の光よ来い、とでも言わんばかりの大声で数え始めた。自分でも驚くほどの声というより叫び声だったことを今でも覚えている。
 「1、2、・・・・・」
10という数字が永遠に来ないのではないかと思われるくらい長いときが経過した。
  「10〜ッ!」
と叫ぶと同時に目を開けた・・・・・・・全く変わらない・・・・・いや、あのろうそくの灯さえも視界から消えている、
 「みんなー、ど、どこにいるのー、おーい!」

 何の反応も帰って来ない。ただむなしく反響してくる自分の叫び声と漆黒の暗闇、それに加え、不安を増幅する圧倒的な沈黙が幼い私を包み込むように襲って来た。自分が目を開けているのか閉めているのか判らず、思わず両手で目を懸命にぬぐってみたが、事態は変わることなく、恐怖心を一気に膨張させてしまった。

 10歳にも満たない今までの歩みなのに、家族を筆頭に想い出がまさにあの走馬灯のようにフラッシュバックし始めた。堰を切ったように目から熱いものが溢れ流れ出し、わめく自分の声から逃げ出すように無我夢中で走り出した。手は岩壁を伝い続け、洞内の小石に何度もつまずきながらもただ一目散にただ走り続けた。

 突然、砂利みたいな地面に足をすくわれ前のめりに倒れてしまった。しゃくりあげながら顔を上げた。澱んで湿っぽい空気の中を走ってきた頬に、新鮮で爽やかな涼風を感じた。と同時にはるか前方に薄暗いけれど確かな光をとらえた。外からの空気の流れと出口付近から漏れている光だと直感的に確信し、「どこででも出れればよか!」と、かすかな光を目指し突進していった。

 出口が鮮明になるにつれて嬉し涙と置き去りにされたことへの悔し涙が噴出して来た。途中、何度も転んだりしながら、ようやくたどり着いた。

 懐かしい木や草の香り、何よりも眩しく暖かい太陽の輝きが悲劇のヒーローを包み込んだその時、周りの静寂を打ち消すような大きな拍手と口笛の音。

 事の次第を掴みかねて、まだしゃくりあげて目をこすっている私にあの上級生Mの声が飛んできた。
 「はい、3分20秒、泣き過ぎで減点じゃっどん、ま、合格ッ!」(減点だけど、合格!)
仲間全員からのひときわ大きな歓迎の拍手がまだ高い陽に照らされた山々に響いていった。

 この「肝試し的テスト事件」は、あの眩しい太陽と、楽しくも頼もしい仲間たちの笑顔からこぼれるあの真っ白な歯の輝きと共に今でも懐かしく鮮明に想い出せる素晴らしいアルバムのひとつになっている。 
 
 暗闇の世界から眩しい光の世界へ・・・・誰もが心から願う世界。
日本では去年2006年を現す漢字として「命」が選ばれた。「命」に泣き、「命」に不安を覚えた年ということで、まさに暗闇が人生に絶望感を与え、多くの人々がその中で、悩み傷ついている状況であることは否定できない。多くの人々が命溢れる光の世界を羨望している。

 愛する人類が持つ罪と言う暗黒の世界に希望の光を照らし、命の大切さを示すために、あの極刑の十字架に自ら架かって身代わりの死を遂げられたイエス・キリスト。私たちの罪を完全に処理されたばかりでなく、誰もが乗り越えるこのできない死という大きな暗黒の壁を乗り越えて、何と、死から3日後に復活された・・・・人類が大きな拍手を持って感謝と歓迎の気持ちを表す日、それがイースター(復活祭)である。

 『光はやみの中に輝いている。やみはこれに打ち勝たなかった。』(ヨハネの福音書1:5)
 
 また、イエス・キリストは、今も生きて働いておられ、行き詰った人々が、溢れる光と命の道を歩めるよう、共に歩んでくださっている。

 皆様の人生航路が、輝きに満ちた喜びと勝利の道となりますよう、心よりお祈り申し上げております。
 
 ハッピー イースター !!

 『神様が私たちに与えてくださった計画、それは災いではありません。祝福を与える計画で、ばら色の将来と希望を約束しています。』 (リビングバイブル訳より)エレミヤ書29章11節

                Grace Japanese Christian Church 牧師 村仲 俊朗


 

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