突然の訪問者」
 「動きやがるとぶっ殺すぞっ ! 」 
師走前の閉店後間もない銀行の行内。物騒な言葉が、静寂を引き裂いた。受付カウンターに土足で飛び乗った目出し帽姿の大男は、包丁を振りかざしながら怒鳴り散らし、行員に麻袋を投げつけ、
 「オラオラ ! 早くしろっ!」
 現金を入れるよう要求した。当時受付をしていた私の右隣のカウンターを陣取った強盗は、荒々しく指示を出す。店内のクリスマスツリーの電球の光が、犯人の凶器でまぶしく反射する。先程までの仕事を終了させ、ほっとして流れる音楽に傾けていた耳の全神経が、この大男の方に集中した。手の脂汗がさらに冷静さを失わせる。走馬灯のように「ここでまかり間違えば、新婚早々、妻は路頭に迷って・・・。いや、自分の代わりにカッコいいだんなが来よったら、ぜったいイヤや!何としても阻止せねば! 金ならいくらでも金庫の中にある。銀行の金だ、持ってけ、持ってけ!」などなど瞬間的な思いが、心臓の鼓動と共にドクドクと浮かんでくる。非常事態でその人物の真価が問われると言うが、そんな状況の中、まさに我が身かわいさの一念が自分を覆っていた。

 隣の受付嬢はしゃくりあげて泣き出す始末。受付係8人中、男性は2人。内1人はご老人。「よしっ、ここは自分が何とかしなければ!」とは思っても、日頃の防犯訓練10か条はどこかへすっ飛んでしまっていた。相手はたかが包丁。「よし、ここは剣道で鍛えたこの腕で!」と奮い立った瞬間、防犯訓練第3項「決して、無謀な抵抗はするなかれ」が脳裏に電撃的にテロップとして流れる。武器と言っても約30cmのそろばんしかないし、断念。情けないが足がガタガタ、のどがカラカラ。そこでふとバックの上役に目をやった。その途端、ドスの利いた声で
 「コラッ! ワレ、うしろを見るな! 」と一喝。微震を続けていた心臓から、マグマが一気に噴出したような衝撃。その時、「じりじりじりぃぃ---------んん」と、けたたましい警報機の音が緊張感をさらに高めた。

 とその途端、玄関からメガホンを持ったおまわりさんがその場には全く似つかわしくない笑顔を携えて入って来た。 
 「はーい! 皆さん、ご苦労さまでした。本日は年末繁忙期の防犯対策の一環で、抜き打ちの訓練をさせていただきました。お疲れ様ぁ。」

 何と、役職以外の者には全く知らされていなかった訓練であった。まだ足のサラがケタケタ笑っている。先程泣いていた女の子は今度は本気で怒っている。

 メガホンを口にしたままおまわりさんが、私の方を見て言った。
 「さっき、しっかりと後ろを振り向いてしまったあなた。強盗さんが本物なら、あなたは今頃極楽か地獄の受付で名前書いてますよ。いいですか、皆さん。決してこんな時、不審な動きをしないこと! いいですね。でも、この人が後ろを見て犯人の目がそっちに移った瞬間、防犯ブザーを押した3番の受付さん、あっぱれですね。これでこの方の死は報われたというもんですよ。あっはっはっは。」 

 ・・・穴があったら入って地球の裏側に逃げ込みたい心境。 おまわりさんの言葉は続く。
 「ここで、受付の方々に、犯人の特徴をメモしていただきます。」と言って、用紙を手渡された。私の記憶には、カウンターの上に上っている犯人はジャイアント馬場みたいにでかく、声も地鳴りの如くで、用紙には「男性、180cmくらい、50代、目出し帽着用」などなど記入したが、実際の犯人像は、小柄、30代、など殆どはずれていた。声はドスが利いているはず、元暴力団対策本部のすご腕刑事さんだった。そろばんでは絶対に勝ち目はなかった。

 それから数日、うわさは変われば変わるものである。この防犯訓練のニュースが各支店に行き渡り、ある日隣県に転勤した同僚から電話があった。
 「おまえなぁ、こっちじゃ英雄扱いになっとるけど、ほんとかぁ?」
 「えっ?」
 「いやな、おまえがほかの受付係を守るために殉職したっちゅうことになっとるんやけど・・・。」
 それに対し私「そりゃ、最高のストーリーだぁ! そのままで行こぉ! 」
 ・・・以来、同僚たちから事実はともかくとしていろんなニックネームが贈呈された。「身代わり地蔵」「ファザー・テレサ」「忠犬ムラ」(村仲が私の本名)そして、「キリストさん」。もう誤解とはいえ、照れくさかった。何はともあれこの強盗が本物でなく実に幸いであった。

 こんな突然の訪問客は勿論、御免こうむりたいが、この歴史の中にまさに紀元前と紀元後を真っ二つに分けるが如くに訪問された方がおられる。数世紀も前からその年代も場所も境遇も、あらかじめ知らされていた通り誕生されたイエス・キリストである。でも、その訪問は決してあの強盗の如く、土足で「オラオラオラッ!!」という荒々しい訪問ではなく、貧しい家畜小屋の飼い葉桶の中にお生まれになった。

 BCは「キリスト以前」、ADは「主の年」を意味することは皆さんご存知。歴史の英語「ヒストリー」も、「His Story」に由来する。

 この季節、世界中で祝われる「クリスマス」。それは、イエス・キリストのバースディ・パーティ。でも正確には、「誕生会」ではなく、「降誕会」という。それは、永遠の時から存在されていた神の子が、何と人間と同じ姿をとってこの地上に降りて来てくださったというところが、私たち人間の誕生会と違うところ。

 新約聖書ヨハネによる福音書の中に、聖書中の聖書のことばとして有名な「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世(すなわち私たちひとりひとり)を愛された。それは御子(イエス・キリスト)を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」(3章16節)が示してくれるように、万物を造り、私達を作られた神様は、人生の様々な「夜」、すなわち不安という「夜」、罪という「夜」、そして誰もが通る死という「夜」に勝利し、見事に輝く「朝」を提供するために、最も大切なひとり子イエス・キリストをプレゼントされ、私達に愛を示してくださった。そこに、このクリスマスの本当の意味がある。 

 今の時代は、利用価値、商品価値、学歴や偏差値が高いなど、そんな価値を持っている人たちが生き易い社会となっている。 しかし、歴史に介入された神様は、決して私達を「オラオラオラッ!!」と価値の無い者のように呼ばれるのではなく、「わたし(神様)の目には、あなたは高価で尊い」と言ってくださるお方。クリスマスの真の意味は、神様によって大切にしていただいた人が、その喜びをもって他者を大切にさらに愛することにある。

 是非、この時期、素晴らしい本当のクリスマスの世界をひとりでも多くの方に知っていただきたい。

 皆様にとって、素晴らしいクリスマスとなりますよう、また、新世紀への航海が最高の輝きに満ちた旅となりますよう、心よりお祈り申し上げます。

 

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