「幸せだなぁ!僕は君と
 
 「ちょっと散歩行こうか!」
妻に誘いをかける。ロッキーの麓に越してきてからいろんな散歩コースを発見したので、いつの間にか散歩が日課となってきた。日本では決して決して手をつないで歩いたりしないはずが、ここではごく自然に、しかも当たり前のように手を取り合って同じペースで歩く。全く照れくささが無いのは、この雄大な自然の中からふんだんに溢れ出てくる新鮮な空気の中に含まれている開放感からなんだろうか。
 しかし、ある時には手を素直につなげない時も無いことも無い。いわゆる夫婦何とかという厄介な波風に翻弄された直後は特にそうである。でも、そんな時も、敢えて一緒に山に登って行く途中で休戦ラインに遭遇し、結局平和条約までこぎつけることができる。それを手伝ってくれる親善大使が可憐な野の花であり、小さな小さないざこざなんかすっぽりと包み込んでくれる大自然の感動的なパワーである。
仲直りした後は、自然によく歌が出てくる。妻が忠告する「流行歌はどうかと思うよ!」職業柄「ハーレルヤ♪」と出てくれば良かったものを昔懐かしい「♪ふたりを〜夕闇が〜」ときたものだから、妻のひんしゅくをかってしまった。小高い丘の上から眺めるスリーシスターズの山々が夕焼けに映えて、眺める者にさらに感動を提供し始めていた。

 「幸せだなぁ〜。ぼくぁ〜君といる…」と続けたものだから、思いきり妻のひじ鉄を食ってしまった。しかし、めげずに「このセリフがまた物凄い完璧なメッセージになっていること、知っている?」と聞く。妻は「うそよ」と相手にしない。「ある人がうまい解説をしていたけど、聞きたい?」「…仕方ないわね。」という具合で、展望用の長いすに腰掛けての真夏の夜の変な解説が始まった。
 ここに若いカップルがいるとする。男性はいきなり「あの〜好きなんですゥ!」なんて、あからさまに言えない。「ギョェーッ!?」と言って卒倒しかねない。そこで、男性は明後日の方を向いて、一見無関係なことを言う。「幸せだなぁ…。」
 …女性は「えっ?一体この人、何を?」と不審がる。その時、男性が振り返って解説する。
 「僕はァ、君といる時が、一番幸せなんだ!」
女性は、疑問が解ける。緊張から緩和へ。そして、意味を理解したとき、再び緊張が訪れる。すかさず、押しの言葉。
 「僕はァ、死ぬまで君を離さないぞ。」
 これは、間違っても「死んでも離さないぞ。」になると怖い話になってしまうので要注意。しかし、ここまでは、男性側の一方的な言葉。最後のセリフが「気配り」を真珠にしたようなすごい言葉…「いいだろう?」…決定権を見事に女性に渡しているんだ。
話しているうちに、かなり日が傾いてきた。

 「どう、流行歌の歌詞も捨てたもんじゃないだろ?」
 「そうねぇ、今晩、豚シャブにする?それとも牛シャブ?」 「ギョェーッ!?」 真夏の夜はまだまだ明るかった。

今回も教えられてしまう聖書の言葉:
「彼女は口を開いて知恵深く語り、その舌には恵みの教えがある」(旧約聖書 箴言31章26節)


 

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